「へー。けっこうあるんだね」
ここはショッピングモール二階の衣料品売り場。
その一角にスーツが並べてあるのだ。
「そうなのよね~。ここ、一年中スーツが豊富に置いてあるのよ。春はもっとすごいわよ」
「新生活応援キャンペーン?」
「そうそう。そんな感じの」
なんて会話をしながらも視線はお互いスーツにある。
あ、これなんかいいかも…。
そう思って、無難な少し淡いグレーのスーツに手を延ばしかけた時。
「ねぇ、これなんかどう?」
れーおが淡いピンク色のスーツを目の前に掲げた。
「無理無理!可愛い過ぎちゃうよ…」
「そんなことないって!絶対似合うから!」
「でも、無理っ!」
「いーからっ!ずっとまなちゃんだけを見てきた俺が言うんだから間違いないの」
「…っ!?」
いきなりそんなことを言われるから反論の言葉も出ない。私はなされるがままに試着室に押し込まれてしまった。
「…絶対似合わないわ」
試着室でブツブツ言いながら仕方なくピンクのスーツを着た。
まあ、着た姿を見ればれーおも諦めるだろう。
似合わな過ぎて…ね。
白いボタンをつけて試着室の扉を開けた。
扉の前で待ちかまえていたれーおは私を上から下まで見るなり、にっこりと笑った。
「やっぱりすごい…似合う」
え!?
うそでしょ!??
「絶対!嘘!似合わないわよ」
「似合うよ」
「似合わないっ!」
「……頑固だね、まなちゃん」
ーっ!どっちが!!
若干火花を散らせながら睨み合っていると
「ど、どうかいたしましたか…?お客様」
店員さんが仲裁に入ってくれた。
「彼女、こっちのピンクのスーツの方が似合いますよね?」
「いいえ!こっちのグレーの方が無難だし、私に合ってますよね?!」
「……えぇと…そうですね……」
店員さんはピンクとグレーのスーツの間で目を行き来している。
ほぅら、私にピンクのスーツが似合わないから店員さん困っちゃったじゃない。
「私の意見を申させていただきますと、彼女さまのお顔や、雰囲気からこちらのピンクのスーツがお似合いかと……」
な、なんで!?
「グレーのスーツでは彼女さまの可愛いらしさを潰してしまいます。……こちらのピンクのスーツ、とてもお似合いですよ」
「……………」
店員さんの笑顔に呆然とした。
れーおはどや顔だ。
店員さんが勧めるんだから値段がピンクのスーツの方が高いんじゃないかと確認したらどちらも同じ値段である。
「ほら、着替えて。そのスーツ買えないよ?」
「うん…」
俯いた私に、れーおは
「本当、似合ってる。可愛いよ…」
そう微笑んだ。
「………」
俯いたまま試着室の扉を閉めて、ゆっくり鏡に向き直った。
鏡には、真っ赤に顔を染めた私が映っている。
私だって女だし、グレーのスーツよりピンクのスーツを着たかった。
会社でピンクのスーツがよく似合う可愛らしい女の子を見つけると羨ましかった。
私がピンクのスーツ…。
恥ずかしい………でも…。
「着替え終わった?」
「うん…」
試着室の扉を開ければ、れーおがそこにいる。
「れーお…本当に似合う…?」
「うん」
「変じゃなかった…?」
「……変だったよ」
「…え…」
「もう、可愛すぎて変だった…」
自分で言って頬を染めるれーおにつられて、私まで赤くなる。
「………買うわ、これ」
「うん!」
無邪気に笑うれーお。
胸がトクンと鳴った。