離せ!貴様ら、呪われるぞ!」

100キロ近い巨漢の麻原彰晃が暴れるのを、刑務官が必死に抑えつけ、廊下を引き摺って歩く。

麻原が連行されたのは、署長室だった。

「やあ、麻原君。元気そうだね」

麻原を迎えたのは、漆黒のスーツに身を包んだ、紳士然とした佇まいの男だった。

顔面までをも、黒のマスクで覆っている。声の感じからすると、年齢は40代半ばといったところだろうか。

自分の知っている署長の姿は見えない。交替があったのだろうか。目の前の男は新署長なのか。どうも違う気がする。そういう雰囲気ではない。

「貴様はなんだ。俺をどうする気だ」

男に詰め寄ろうとする麻原彰晃を、刑務官が羽交い締めにする。

男の左右に阿形、吽形のように立つ二人のボディーガードが、特殊警棒を構える。

「危険です。鎮静剤を使いましょう」
「いい。彼には、私の話の趣旨をしっかりと理解してもらわなければならないからな」

注射器を構える刑務官を制して、男は麻原に歩み寄る。話の趣旨?この男は、何を言っている?

「ふむ。薬の効果は大したものだな」

麻原の全身をまじまじと見て、男がニヤリと笑みをこぼして呟く。

「薬だと?どういうことだ」

「魔法の薬だよ。極秘裏に開発した、人間の細胞を若返らせる薬。それを一週間前から、君の食事に混ぜて投与させてもらった。今の君の肉体は、君の逮捕当時、40歳の時点まで若返っている。君にも、実感があるだろう?」

男は悪びれもせず、淡々と語った。

若返りの薬・・。自分が獄に繋がれている間、俗世の科学はそこまで進んでいたのか。しかし、この男はなぜ、自分にそんなものを?自分の肉体は本当に若返っていた、その嬉しさよりも、警戒心が先に立っていた。

「安心したまえ。実験段階では、副作用は皆無という結果が出ている。まあ、さすがに30歳、40歳も若返らせるとなるとノ―リスクというわけにはいかないが、君の場合はせいぜい20歳程度。身体にはなんの負担もないはずだ」

「そういう問題ではない。貴様はなぜ俺はにそんな薬を使ったんだ。貴様はなにを企んでいるんだ。貴様は何者なんだ」

立て続けに麻原の質問を浴びて、男が苦笑する。

「これは失礼。どうやら説明の順序がおかしかったようだな。では、順を追って説明させてもらう。少し長くなる。ソファに座って、楽にして聞いてくれ」

男に促され、麻原は刑務官に肩を掴まれながら、革張りのソファに腰を埋める。

「まず、私の素状からだが・・。誠に申し訳ないのだが、これは君には明かせない事情があってね。しかし呼び名がないというのも何かと不便だから、そうだな・・仮に、グランドマスターとでも呼んでもらおうか。ネーミングセンスが陳腐なのはご愛嬌ということで勘弁してくれ。くっくく・・」

癇に障る笑いを漏らす男・・グランドマスター。麻原は無言で、グランドマスターの話に、引き続き耳を傾ける。

「ところで私は、この国の国家予算に匹敵する資産を保有していてね。それだけの金を持っていると、使い道に困って仕方が無いんだよ。宇宙開発かなにかにでも投資してみようかとも考えたのだが、どうもそういう、誰でも思い付きそうなことに金を使うというのは面白くなくてね。どうしたものかと考えていたある日・・きっかけは何だったかな。とくにきっかけというものはなかったかな。何かから連想したわけでもなく、ふと、ああ、歴史に名を残す犯罪者同士の殺し合いが見てみたい、と思い立ったんだ。それが十年くらい前だったかな。それから・・」

「ちょっと待て。俺には貴様が何を言っているかわからん。犯罪者同士の殺し合いというのは・・」

「そう。それをこれから君にやってもらうんだよ。もちろんタダでとは言わない。君が見事に殺し合いを生き残ったならば、君がもっとも渇望しているものをプレゼントする。自由をね」

まるでコンビニにジュースを買いに行ってこいとでも言うような口調である。

「最初はこの世にいる犯罪者だけでやってもらおうかと思っていたんだが、どうも頭数が足りなくてね。くだらん犯罪を犯した人間を混ぜても仕方ないから、過去の大物犯罪者をクローン技術で蘇らせることにしたんだ。その技術開発に手間取って、十年もの歳月がかかってしまった。待たせてしまって、悪かったね」

「・・・クローン人間だと?」

「そう。すでにこの世の人間ではない犯罪者を、外見、知能、身体能力を、寸部の狂いもなく再現して、逮捕当時の年齢で肉体をサルベージする。蘇らせた彼らには、一年間かけて教育を施し、生前の記憶までも忠実に再現するんだ。」

グランドマスターは実にサラッとした口調で語っているが、正直、まったくついていけなかった。荒唐無稽な教義で信徒を丸めこむのを得意としていた自分だが、狂気の次元が違う。何を質問していいのか、どこから質問していいのか、それすらわからなかった。

「まあ、この場で全てを理解しなくてもいい。今君にわかって欲しいのは、君にはこれから娑婆に出て、日本の犯罪史上にその名を刻んだ凶悪犯罪者たちと殺し合いをしてもらうということ。そしてその殺し合いを制した暁には、君は晴れて自由を手に入れるということだ。麻原君、喜びたまえ。君は今日をもって死刑囚の身分から解放されたんだよ」

「・・あまりに現実離れし過ぎている。そんな話は信じられない」

「現実離れ、とは君らしくもない言葉だ。私の話が嘘だというのなら、君の身体に起こっている現象をどう説明する?現実離れというが、現実に君の肉体は若返っているではないか。こんなことが、君の得意な法力で出来るか?神の化身である君にすら実現できないことをやってのけた私だ。なにが出来ても不思議ではないとは思わないか?」

「・・・」

「では、計画の概要とルールについて説明しよう。あとでマニュアルを渡すので、メモは取らなくていい」

返す言葉もなく黙りこくっている自分を見て、納得したと思ったのか、グランドマスターは話を進め出した。

そのまま黙って耳を傾ける。グランドマスターの話は雲をつかむようで、まだなにも、確定的な判断はできない。

だが麻原はこの時点で、グランドマスターの話に乗れば、少なくともこのまま獄に繋がれているよりはマシではないかという気がしてきていた。