「アンタ、午前中の講義ずっと寝てたじゃん……」
 国立K大学のだだっ広いキャンパスを東棟から西棟に向けて二人は並んで歩いていた。眩しいくらいに良く晴れた初夏の陽射しの中、呆れるくらいの大口を開けて欠伸をする秀一郎の間抜け面を眺めながら、川村絵梨子は呟いた。細身で中背な彼女は、金髪のショートカットに、少しエロティックな女性のイラストが描かれた黒いTシャツを着て、穴だらけのジーンズを穿いていた。腰の辺りにはチェーンやらシルバーアクセサリーの類がぶら下がり、彼女が歩く度にジャラジャラと音を立てている。
「ふぁあ~~~っ」
 そんな絵梨子の呟きなど、聞こえているのか、いないのか、更なる間抜け面を晒して南秀一郎は欠伸交じりの寝ぼけ眼をショボショボさせている。見るからに快活そうな絵梨子とは対照的に彼の方は、やや猫背気味の長身で、ヨレヨレのシャツに、くたびれたジーンズと、何とも冴えない風情であった。しかも、二人は意外に身長差がある為、奇妙な凸凹コンビを成していた。
「昨日、寝るのが遅くてねぇ~」
 ユル~イ感じで秀一郎が答える。
「何、なんか調べモノ?」
「ん? んぁ、そうねぇ~。研究といえば、研究かなぁ……」
 学術的好奇心を刺激されたのか、絵梨子の瞳がキラリと輝く。
「え、何?! 何か新しいテーマでも見つけたの? 聞かせてよ! ねっ!」
「ん~、新しい……つ~か、この研究自体は、随分昔から強い興味を持ってたんで、細々と取り組んできてたんだよね……」
「ちょっと~。勿体ぶらずに教えてよ~」
 秀一郎は猫背気味の上体を、シャンと起こすと絵梨子の方に身体を向き直し、立ち止まった。絵梨子の両肩に手を掛け、ジッと彼女の瞳の奥を見据えた秀一郎の眼差しには、いつもの彼とは違う、男の本気を感じさせる「何か」があった。
「これは文化人類学の分野に於いて、極めて重要な意味を持つであろう研究なんだ。キミが、この分野に足を踏み入れたいと思うなら、ボクはそれを歓迎し、協力を惜しまないコトを約束しよう! 只、この研究は知れば知る程、奥の深い、その真理に近づくコトが極めて難しいテーマなんだよ。キミは、それでも、その研究に興味を覚えずにはいられないのかい?その覚悟はあるのかい?! あるのかい、川村研究員!」