彼女は楽園と呼ばれる土地で生まれた。
 そこには偉大なる父と美しき母、逞しき兄と聡明なる姉がいて、彼女は、彼ら彼女らの愛に育まれていた。
 楽園には水晶の様に輝く命の水の川があり、都の大通りの中央を流れていた。川の両岸には生命の木があり、年に十二回もその実を結び、毎月、楽園の民へ豊穣なる実りを届けていた。さらに、その木の葉は万病に効能を発揮し、民の病への不安を取り除いていた。
 朝日が昇ると、偉大なる父は毎日都の中央にある小羊の玉座に座った。民は偉大なる父を礼拝し、その御顔を仰ぎ見るのだった。彼らの額には父の名が記され、その顔は安らぎと喜びに満ちていた。もはや彼らを悩ます様々な苦痛は全て取り除かれていた。
 ついに楽園には“苦しみ”という名の夜がなくなった。それどころか、楽園には灯火の明かりも、太陽の光も必要ではなかった。この楽園の主たる父が彼らを照らし続けていく為であった。

 やがて彼女は美しく成長した。
 年頃になった彼女に偉大なる父は一つの縁談を持ちかけてきた。楽園より遥か彼方。朝日の昇る先にある豊かなる王国。その王国の第二王子との縁談であった。
 楽園を出ると言う事態に、彼女は胸の底から湧き上がる不安を隠す事が出来無かった。楽園の中で生まれ、楽園の中で育ち、楽園の中しか知らない彼女にとって、頭の中では整理出来るものの、それはやはり想像を越える世界なのだった。
 しかし、この楽園の中に於いて、偉大なる父の命に背く事など、出来る者は只の一人もいなかった。それは彼女も例外ではなかった。