君が好きだから嘘をつく

「確かに伊東さんのこと好きだったよ。付き合っている奴がいても、それでもいいって思ってた。楓に愚痴言ったり相談したけどさ、結局あの子が彼氏を選んでも嫌じゃなかったんだよ。嫉妬とか独占欲とか、そういう感情は今考えても伊東さんに対してはなかったんだ。でもさ・・楓は違ったんだ。今あいつが楓のそばにいると思うと我慢ができなかった」

「・・あいつ?」

首を傾げて『あいつ?』と言う意味を考えていると、健吾は拗ねたような機嫌の悪い顔をしてつぶやいた。

「あいつだよ。お前が昔好きだった奴」

「えっ!」

私が昔好きだったって・・英輔?何で健吾が英輔のこと・・・動揺しすぎて英輔のことを話したことがあるのか思い出せない。健吾から出てきた言葉に驚きすぎてパニックになる。
そんな私の様子を健吾は理解しているようで、わざと追い詰めるように視線を合わせてきた。

「あいつを見るのはこれで3回目」

私の目の前に右手の指を3本立てて見せた。

「3回?」

「そう3回。最初は結婚式に楓を迎えに行った時、2回目は会社帰りにコーヒースタンドで、そして3回目が今日。3回ともあいつがお前に触れているのを見てむかついたんだよ」

「むかついたって・・」

「嫉妬」

そんな言葉を魅惑的な表情で言う健吾に戸惑いを感じる。
あまりに予想外のことを言うので、それが私に対して言っているのか混乱する。

「嫉妬って、意味が分からない」

私が首を振りながら否定するように言うと、健吾は苦笑して一度ため息をつき、ばつが悪い顔をした。

「あいつと一緒にいるのを見る度に嫉妬していたんだよ。楓と一緒にいるのも、楽しそうに話しているのも、楓に触れているのもむかついた。それで何よりも、転職先があいつの職場だって聞いて我慢できなかったんだ」

「えっ?聞いたって・・」

「今井さんに」

咲季先輩?そっか、咲季先輩に聞いたんだ・・。
ずっと心配してくれて応援してくれていたのに、最後逃げ出してしまった私なのに。
咲季先輩の名前を聞いて言葉が止まってしまう。

「あと・・おばちゃんにも」

「えっ?おばちゃんって・・・」

「うん、美好のおばちゃん」

「・・・」

美好のおばちゃんと聞いて、思わず瞳が開く。咲季先輩とおばちゃんに聞いたってことは・・と可能性を巡らせる。この数年間相談に乗って見守ってくれた2人だ。その2人に聞いたことって・・・。考えれば考えるほど気持ちが焦って言葉が出ない。そんな私に健吾は言葉を続けた。

「で、楓の転職先を教えてくれたのが隼人」

全てが揃って一瞬息が止まった。

間違いない、健吾は私の気持ちを知っている。

それを確信して鼓動がどんどん早くなる。体が硬くなって、あちこちが震えるように落ち着きを失う。そしてもう視線を合わせることができなくなった瞳は、動揺と同じ位まばたきを繰り返す。
もう隠せないくらい動揺している私の耳に、健吾の優しくささやくような声が聞こえた。