「はい、どうぞ」

「えっ?」

突然頼んでもいないものを置かれて健吾はキョトンとした。

「これはね、黒糖焼酎よ」

咲季も健吾と同じような表情をしていたが、その言葉を聞いて隼人はすぐに察知した。おばちゃんにも話が聞こえてこの場を協力してくれていることを。

「俺頼んでいないよ」

「いいから、とりあえず飲んでごらん」

笑顔でそう言うおばちゃんの言葉に促されて、健吾は一口飲んだ。

「どう?美味しい?」

「うん、美味しい。初めて飲んだよ、黒糖焼酎?」

「そうよ。これはね、楓ちゃんが時々飲んでいたの」

「え?あいつこれ飲んでいるの見たことないよ」

健吾は驚いた。今まで楓が黒糖焼酎を飲んでいたなんて全く知らなかったから。こんなに長い間一緒に飲んでいて、楓が飲んでいた姿は健吾の記憶には全くなかった。そんな風に戸惑っている健吾におばちゃんは真実を伝えてくれた。

「この黒糖焼酎はね、楓ちゃんが辛いとか寂しいとかため息が出る時に飲んでいたのよ。1人でふらっと飲みに来た時や、健吾くんが恋愛相談しながら酔っ払ってつぶれた時とかに寝ている健吾くんを眺めながら飲んでいたわよ。これは楓ちゃんの秘密のドリンクなのよ」

おばちゃんの話を聞いて目の前の黒糖焼酎を1口・2口と飲んだ後、この焼酎を楓が飲んでいる様子を想像しながら手の中でグラスを傾けその焼酎を眺めていると、そばにいる3人の息を飲んだ音と咲季の自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

「山中・・くん」

視線を上げて咲季の顔を見ると、少し目を剥き驚いた表情をしている。それを見たと同時に自分の右の頬に涙が一筋流れたのを感じて自分でも驚いた。すぐに左手の親指でスッとぬぐいため息をついた。
そして今自分の頭の中に巡っていた言葉を口にする。

「俺・・楓のこと全然知らない、知らなすぎる。この6年間も、楓の気持ちも、この黒糖焼酎も」

その表情には苦しさがこもっている。
自分の一番近くにいた存在が何故か遠く感じた。そしてさっき自分がしていたように、楓が黒糖焼酎のグラスを傾けて氷の音を聞いている姿を想像して深い寂しさを感じた。

「じゃあ、これから知ればいいじゃない。この6年間の全てを。今からだっていいじゃない?」

「・・・」

答えを押し黙った健吾の顔を見ながら咲季は心で祈った。

   -お願い、楓の為に動いてー

迷う様子の健吾にけりをつけて欲しかった。