ルームウェアを着てバスルームから出ると冷たい空気にかなりの温度差を感じた。

「あぁ・・そっか」

独り言をつぶやきながらソファー前のテーブル上のリモコンを手にして、運転のボタンを押す。
寒い部屋に帰ってきたのに暖房を点けることもしていなかった。
ミネラルウォーターをグラスに注いでソファーに座り飲んでいる間に部屋は暖まった。
グラスをテーブルの上に置き、テレビのリモコンの電源を押しソファーに寄りかかる。
別に見たい情報番組ではなかったけどボーっと見ていると、いつの間にか眠りに落ちていった。

意識の奥に着信音を感じて目を覚ます。

ボーっとした頭で音の方向を確認して、玄関に置きっぱなしにしたバッグまで歩いてスマートフォンを取り出す。
目にして視点があった瞬間、心臓がギュっとなり一気に目が覚めた。

「あっ・・」

そこに表示されている名前は健吾だった。驚いて思わず手が引けた。

   -どうしてかけてくるの・・-

鳴り続ける着信音を無視するように、表示された健吾の名前を見続ける。
いつもこの表示された名前を見る度にドキドキして嬉しかったのに、今は胃が締め付けられるように苦しい。この電話に出てしまったらどんな嘘もつけない。それどころか健吾への気持ちをぶつけてしまいそうだ。そんな気持ちの葛藤でスマートフォンを握り、着信音が鳴り止むまで健吾の名前を見つめ続けた。
そして鳴り止んだ瞬間さっきとは違う寂しさを感じた。
健吾が差し出してくれた手を失ってしまったような空虚な感覚。

でもため息をついて『これでいいんだ』と心に言い聞かせた。

ソファーに戻り手にしていたスマートフォンをテーブルの上に置き、そばに置いてあるブランケットで身を包みソファーに寄りかかりながら窓の外を眺める。
雲の少ない綺麗な青空。あんな風に心も晴れたらいいのに。
空を見ながらその先に無意識に健吾の顔を想い浮かべてしまう。
考えないようにしながらこの2日間を過ごそうと思っていたのに、それはとても難しくて、食欲もなく簡単にカップスープを飲んだりクッキーをつまむ程度しかできず、テレビを見ても内容は頭に入らず、ソファーに横たわっても、ベッドで布団に包まっても深く眠りに落ちることはできなかった。

テーブルの上に置きっぱなしにしていたスマートフォンは夕方そして夜中にも鳴ったが、テーブル前で表示された名前を鳴り止むまで立ったまま見つめた。

それは翌日の日曜日にも昼・夜と2回繰り返した。

表示された健吾という名前を見る度に苦しい思いは積み重なっていった。
そして曜日が変わる日曜日の23時を過ぎた頃、明日顔を合わせなければいけない健吾とどう接するかを考えることに神経を集中させた。
それでも自分の言ってしまった言葉、してしまった対応への後悔に襲われてこれ以上何も浮かばなかった。

嘘に嘘を重ねすぎて真実への道はもう見つけられなかった。