悔しい・・腹が立って抑えられない。

喫茶店を出てそのまま早足に歩く。本当は走って少しでも遠くに行きたかったけど、ヒールが邪魔してスピードが出ない。だからできる限り早く足を進めるのに、信号にまで邪魔されて足を止められる。

「もう!どうして!」

赤信号か健吾にか分からない苛立ちを含んで、音量のない声で愚痴る。
視線が落ちて、視界がぼやける。
そして今さっき目にし、聞いた記憶が戻ってくる。

   -好きなくせに・・ばかだよー

涙が出そうになって右手で顔を抑えた時、後ろから右肩を強く引かれた。
驚いて振り向くと、置き去りにしてきたはずの健吾の姿が目の前にあった。

「健吾!」

「どうしたんだよ、急に」

困ったような切羽詰った顔を私の顔に寄せてくる。
その表情に胸はキュッとなったけど、すぐに切なさに打ち消された。

「何でもない」

声が震える。今、健吾の顔を見るのは辛い。

「何でもないってことないだろ?」

更に私の顔を覗き込んで、さっきとは違って優しく肩を掴んできた。
だめだ・・・こんなそばにいられたら。ざわつく心が、思考を乱す。
肩を掴んでいた手を弾いて、健吾の顔を睨みつける。

「ばか!何でここに来るのよ!何で謝ったりしたのよ!好きじゃない・ただの同僚?違うでしょ!好きなんでしょ?伊東さんのこと諦められない位好きってずっと言い続けてきたじゃない!」

喫茶店を飛び出した時の怒り・悔しさの感情が言葉と共にどんどん増幅する。
今まで喧嘩もこんなやりとりもしたことがなかったので、私を見て健吾は驚いている。

「楓・・・」

あの時健吾が謝った気持ちも、伊東さんの存在が同僚って答えた想いも本当は分かる。好きな人を守りたいって気持ち私にも十分理解できる。
逆の立場なら、私だってあの場できっと同じ事をやっている。
事実、自分の気持ちを嘘ついて疑われ攻められている健吾を守る為、付き合っているのは私だと嘘をつき、2人の前でキスまでしてしまった。
めちゃくちゃだ・・私。