「楓は大変な仕事でも好きな奴がいるから頑張れたのか?」

そう言われて入社してからのことを思い出す。
研修の時から健吾のことが気になって、一緒に頑張ることで乗り越えてきたことも多い。
健吾に彼女がいると知ってからは、気持ちに波ができて仕事も辛かった。
それでもそばにいたくて彼の恋を応援した。
彼女と別れてからは仕事の後も休日も一緒に過ごす時間が増えて、幸せで仕事も頑張ることができた。

そうして自分の仕事のやり方を身につける事もできるようになった。そう・・・健吾がいたから、私は今までこの仕事を頑張れたんだ。

「うん、そうだね・・」

「で?どうなんだ、その人と。この前は、少し落ち込んでいたみたいだったけどさ」

英輔はこの前会った時に元気なかった私のこと覚えていたんだ。
あの日は休憩スペースで健吾と伊東さんが楽しそうに話している姿を見て気持ちが落ちた。

「そうだったね、あれからずっと落ち込んでばかりかな。健吾が今好きな人と一緒にいるとこを見る度に辛くなってさ。片思いでもいいからそばにいたいって思っていたのに。この頃気持ちに限界を感じたりする時もあるかな・・うまく笑えなかったり、最近すごく弱気になるんだ。健吾に優しくしてもらっても辛くなったり、素直になれなかったりしてさ。ネガティブにしか考えられなくて、自分でも嫌になる」

「その人って、全く楓に気持ちないのか?」

「好きな人がいるんだから、そんな気持ちないよ。この前だって・・健吾酔っ払って寝ぼけて好きな人と間違えられてキスされたの」

私が俯いて言うと、驚いたのか一瞬息を飲んだ英輔を感じた。

「マジで?間違えるか?普通」

「間違えたんでしょ、マジで」

あのキスを思い出すと、怒りに似た切なさが胸に広がる。
それと同時に健吾の唇の感触を思い出してしまう。

「間違えられたのか確かめればいいじゃん」

「言えないよ!間違えてゴメンって言われたら余計に落ち込むよ。だから何もなかったことにして、そのことは知らん顔してるもん」

「そんなに好きでも、限界感じてるのか?」

「その辺をずーっと悩んでいる」

「ん~でもさ、ずっと好きだったんだろ?」

「そうだけど・・時間だけ経っちゃったし。好きっていうタイミングも勇気も見失っちゃった。それに離れていく健吾を見たくないし・・恐い」

お酒も入っているせいか、表に出さなかった気持ちをつい英輔に話してしまう。
英輔はテーブルに腕を組んで乗せながら私の話を聞いていたが、私が話し終わると少し考えているのか言葉が途切れた。
そして、思い立ったように体ごと私の方を向くと、驚くようなことを言った。