「柚原、何があった?」

澤田くんのゆっくり優しい声が心に届く。

「・・ない・・何でもない」

私が答えると、澤田くんは私の両肩を優しく掴んで、その手に体をくるっと回された。
驚いて思わず澤田くんの顔を見る。

「だって柚原、泣いてるよ」

優しく微笑んだ澤田くんと目が合ってすぐに否定する。

「うそ・・泣いてないよ」

そう言った瞬間、ポロッと涙が落ちて自分で驚いた。

「ほら、泣いているでしょ?」

少し顔を寄せて、『ねっ』ってさっきより困った感じで微笑んだ。

「・・・」

「ご飯もう食べた?」

「・・まだ・・」

「そっか」

何でもないように話してくれる澤田くんに、自然と唇が開いて言葉が出る。

「健吾がね・・伊東さんと美好にいるの・・・伊東さん飲み会のお店探していて、美好に行きたいって言われて連れて行ったみたい。別に悪いことじゃないけど・・・でも・・美好はダメなの・・嫌なの・・。あのお店は・・・特別だから・・」

涙が出るからうつむくとポタポタ落ちてった。

「健吾は私にも待ってるってメールくれたけど・・・お店の前まで行って、入口から覗いて2人のこと見たら・・入れなかった。逃げてきて健吾に残業あるって嘘のメールしたの」

「うん」

「美好で2人のこと見たくなかった・・・」

震える声も、流れ続ける涙も止められなくてスカートをギュッと握る。

「私は嘘ばっかり・・・」

そう言った時、澤田くんが私の肩を優しく掴んだ。
驚いて見上げると、澤田くんと目が合った。

「澤田くん?」

私が声をかけると、少し微笑んで掴んでいた肩をポンポンって叩いたかと思ったら私の左手を掴んだ。

「柚原、座ってごらん」

私の手を引いて、そばにあるイスに座らせた。
そして私にハンカチを手渡してくれた。

「よかったら使って。何か温かいもの買ってくるから少し待っててくれる?」

そう言うと部屋から出て行った。

澤田くんが手渡してくれた青いハンカチを見ていたら、だんだん涙が引いたみたい。
そのハンカチでそっと目元を拭った。
澤田くんの出て行った部屋は静寂に包まれている。