「慈希は…

慈希は…

あいつが大学合格して家を出る1週間ほど前の事、

俺は泊まりの出張の予定があった。

でもその時上手く言えないが嫌な予感がして

悪寒が止まらなくって家に帰ったら…」

父は両手の掌に爪が食い込むほど握り締める。

唇も噛みしめ天を仰ぎながら目を閉じ、しばらく震えていた。

それから突然目を見開いて立ち上がり、僕の隣に来ると

「なあ、信じられるか?実の母親だぞ!!

その母親におそらくいつも飲んでいる睡眠薬を多めに飲ませて…」

そこで、父は首を振りながら口をつぐんだ。

そして、座っている僕にこっそり耳打ちする。

父の話したその事実は僕を凍らせるのには十分な内容だった。

「二度と、声にしたくない…」

そう吐き捨てその場に乱暴に腰を下ろす。

「そんな信じられない光景を目の当たりにして…

そのまま俺はあいつを家から叩き出した」


大学に入っていつきが突然家に近寄らなくなったのは知っていた。

年末年始ですら帰ってこなかったし…

それまでの母子関係を考えると違和感があったが、

その話をしようとすると父の視線がきつくなって、

僕はそれ以上踏み込めなかった。

母も寂しそうにしていたが父が「いい加減子離れしろ」というと、

それ以上は何も言わかった。


僕が家を出た後、明らかに起きてはいけないことが起きていた…