「そして知ってのとおり、結婚してからほのかが自然に妊娠することはなかった。

しばらくは一人で悩んでいて、数年たって俺にも病院に来て欲しいと

懇願されてついて行った。

それでもお互いに特に原因があるわけではなく…

不妊治療をして、最終的に体外受精までしてお前が生まれた。

そこまででも、途中鬱が再発するほど心身ともにボロボロになるまで頑張って

やっとお前を産むことができたんだ。

それまで自然妊娠しなかったほのかが2子を望んで治療を始める前に

奇跡的に妊娠して授かったのが…

あの慈希(いつき)だ」

そこまで話すと、父はもう1杯酒を煽る。そうしないと…

話せない事なのだろうか?

それから父は遠くを見つめるような瞳をして、しばらく静かに座っていた。


どう見ても父が母にベタ惚れなのは誰の目にも明らかだった。

父には結構勝手なところがあるのに、母に対してだけはそういう一面を

あまり見せないようにしていた。

母も父の事を大切にしてはいたが…

そう言えば慈希が微笑むのを見て目を細めながら、

どこか遠くを見るような目をすることが、

度々あったかもしれない…

母は慈希のその表情に何を見ていたのだろうか?

父と母には愛情は存在していたと思う。でもどちらにとっても、

家族として暮らすことですべてが満たされていたわけではなかったのだろうか?