耳を澄まさないと聞こえない小さな声。
それは当然明にも届くことはなかった。
学内から聴こえてくる吹奏楽部の演奏の方が大きく、それに呑み込まれていたからだ。
「さて!今日は憂さ晴らしに行きたいな。お付き合い頂けるかな?お嬢さん」
微笑む明に葵の顔がほのかに赤らむ。
「しょうがない…一緒に行ってやるか!」
その表情の変化に気付かれまいと、葵はそっぽを向きながら足早に階段を降りていく。
「そうこなくっちゃ!…葵が居てくれて良かったよ」
きっとそれは、明にとって何気ない一言。
それでも葵の胸の高鳴りは激しくなっていって…
見つめる瞳は、恋する女の子そのものだ。
「あんただって、気付かないくせに…」
「ん?何か言った?」
「別に…ほら行くよ!」
そんな葵の視線に気付きもしない明に毒吐いた。
葵のこの感情はかなり前からのものだ。
以前にもそれとなく言ってみた事もあったが、全く伝わらなかった。
この鈍感野郎っ!
葵の中にあるイライラが明によって解消されるようになるのは…少し先のお話。