『あの子、私のことが嫌いなのよ』

 ――嫌いじゃない。

『なぜそう思うんだ?』
『賢い子よ。きっと気づいているのよ、私のこと。まだ十歳なのに……。恐ろしいのよ』

 ――気づいているよ。でも、嫌いじゃない。あのことは、お母さんのせいじゃない。

『もう十歳、だよ。それに君の気のせいだろう』
『今日だって、私の作ったコロッケを床に落としたのよ。食べたくないと言って』

 ――違う。違うのに。わざと落としたんじゃない。

『もしそうだとしても、今のあの子の母親は君なんだ』
『わかってるわよ!』

 ――今夜の出来事。ぼくが二階の部屋に上がった後の出来事。
 ――その後は、どうしたっけ。

 ――水の音。息苦しくなるほどの水の音が耳の奥で聞こえる。これは、なんだろう。