もしかしたら、私は記憶喪失なのかもしれない。

 そう感じる瞬間がある。

 自分の名前も、場所も、家族のみんなの顔だってわかる。もちろん、好きな食べ物だって自分で把握している。脂ののった秋の秋刀魚。それとほんの少しの白米があれば何も言うことはない。

 そうではなくて。

 自分でも気づかないうちに、記憶をすり替えられているのかもしれない。仕事もせず、お布団にくるまりながら、ぼんやりとしているとふと感じる疑問。違和感は、いつも唐突にやってくる。

 もしかしたら、私の居場所は別の場所にあるのかもしれない。

 一日中、家の中に居るのを咎められるわけでもなく、好きな時に起きご飯を食べ、眠くなったら時間を問わず眠る生活。晴れた日は、目の見えなくなってきているお祖母ちゃんの隣で、一緒に景色を眺める。お茶のすする音。台所から届く料理をする気配。庭に咲く、金木犀の香り。

 不満なんてない。平和そのものの日常。

 けれど思うのだ。

 ここではない、遠い国の知らない場所。――本当は知っているはずの異国の暮らし。そこが自分の本当の居場所だとしたら?

 足元に蜘蛛を見つけるたび、跳ね上がるほど慌ててしまう弱虫の私だけど、本来の私はもしかしたら、悪い敵をやっつけることだってできるほど強いのかもしれない。記憶を失くしてしまっているだけで、魔法だって使えたのかもしれない。普段、眠くて眠くて仕方がないのは、失くしてしまった記憶の欠片を夢の中で手に入れようとしているのだろうか。早く本来の私に戻ればいいと思う。そうしたら、お祖母ちゃんの目だって、私が魔法で治してあげられるのに。