先まで勝利を確信していた煌皇軍の狼狽は凄まじく、

 最早フェネックさえも現状を把握出来ずにいた。

 
 無敵の騎馬軍は大ダメージを受け、足を止められ、馬は混乱し騎手を振り落とした。

 フェネックの指揮も効果は無かった。


 しかも、たかだか四百名の兵士が狂ったように石の槍を乗り越え突撃してきたのだ。


 死を覚悟した華國軍は形振り構わず馬上から投げ出された煌皇軍兵士を切り伏せる。


 馬は暴れ、兵は混乱し、怒声と血煙で戦場は混戦と化した。


 判断能力の優れた華國軍の各部隊長は勝てぬ戦いだと分かっていた為、

 文字通り必死の様相で切り込んだ。

 
 中でも義勇軍の英雄エイブルスの活躍は凄まじかった。

 
 セブンの号令が掛かるやいなや直ぐ様、単身背より剣を引き抜き戦場へと躍り出た。


 彼は再突入してくる煌皇軍の馬の首ごと騎手を切り払い、

 その恵まれた体格を持って馬と正面から激突した。


 馬の突撃をも弾き返し、片手で振り上げた剣は簡単に眼前の敵の兜を切り裂いた。


 バーサーカー。

 
 自身を猛獣と化し狂戦士となったエイブルスは煌皇兵に悪鬼の如く襲いかかる。


 今でこそ義勇軍を率いるが、それ以前は大陸各地を流浪し、魔物狩りを行っていた男である。


 元来一人で怪物と対峙していたこの男は魔獣と戦う為に自らも魔獣となる必要があったのだ。


 エイブルスが猛威を振るうなか、ジェノス率いる傭兵団は馬を次々に奪うと乱戦の外へと抜けた。


 敵味方の両方が逃亡したかと考えた瞬間。

 
 ジェノス率いる鉄鎖傭兵団は再編成しつつあった煌皇軍に奇声をあげ突入。

 
 再び戦場を掻き乱す。

 
 華國側はこれに続けとばかりに更に熱を帯びる。

 
 ボルト族スピアの命令でボルトの男達はその体格を生かし、

 混戦の中で死体を集め回った。

 
 ノームが生み出した石槍の壁に人や馬の死体、

 煌々兵の盾や槍を次々に並べ、簡易的なバリケードを形成し始める。


 この死体によって築かれた防壁はボルト族が南側で虐殺されていた頃に良く使われた戦法であった。


 教会騎士団長サジは戦場の真ん中で剣を地面に差し膝をつき、

 女神フィナレに祈った。

 
 戦闘を放棄したかの様に思えるこの行為は一か八かの賭けであった。

 
 自らの命を危険に晒す事によって女神への忠誠心と信仰心を示したのだ。

 
 そして祈りは届く。

 
 劣勢にも関わらず、勇敢に戦う華國軍の勇気を讃え、

 女神は恩恵を与えたのだ。

 
 傷ついていた兵士達の傷は癒え、武器は戦闘前よりも鋭さが増したのだ。


 人並み外れた戦闘力を持った
 「狂戦勇士」

 決して裏切らない掟を持つ傭兵
 「鉄の鎖の掟」

 悲壮感と狂気が渦巻くボルトの盾
 「亡骸の防壁」

 死をかけて信仰を成就させた
 「捨て身の懇願」

 
 これ等はカルパトス平原の戦いで必ず語られる活躍であった。

 
 この一連の流れのどれか一つでも欠ければこの戦いは一方的な虐殺になったであろうと言われていた。