押しつけるようにして、先輩に渡す。
「すぐ返してくださいね。今日はこっちも英語の授業あるんだから」
「うん。ありがと、伊田ちゃん」
頭をポンっと叩かれる。
と同時に、教室の隅っこで悲鳴のような歓声が上がった。
「杏奈ばっかりずるい!」という声が聞こえてきたので、東郷先輩のファンだろう。
後で袋叩きに合うに違いない。
「じゃあね」
先輩はひらひらと手を振り、悠々と教室を出て行った。
それを合図に、教室に散らばっていた女子全員が、一気に迫ってくる。
「ちょっと杏奈!どういうこと!?」
「東郷先輩と知り合いなの!?」
「先輩から辞書返してもらったら、あたしにも貸して!」
「いや、あたしのと交換して!」
「あたし買い取る!」
「やだ、あたしの!」
あたしに迫ってきていたはずが、いつの間にか回りでぎゃあぎゃあと喧嘩を始めている。
「さすが、東郷歩……」
あたしは感心しながら、その光景を見ていることしかできなかった。