「いい性格してるね、伊田ちゃん」

「東郷先輩こそ」


ちらりと横目に見てそう言うと、先輩がふいに足を止めた。

つい、振り返ってしまう。


「まじで知っててくれたの、名前」


不覚だ。

純粋にうれしいという気持ちを前面に出した、先輩の笑顔を、かわいいと思ってしまうことも。

あたしの、負けだ。

あたしは大きくため息をつき、仕方なしに言う。


「東郷歩……先輩、ですよね」

「正解。光栄だね」


パチン、と鳴らした指を向けて、にっこりと笑みを浮かべる。

完璧なまでの美しい笑顔は、眩しいくらいだ。


「はい、ご褒美」


ハンカチを、頭の上に乗せられる。

その指先が少しだけ髪に触れ、余韻だけを残して離れて行く。


「またね、伊田ちゃん」


そう言うと、先輩は先に歩いて行ってしまった。

あたしはしばらく、動けなかった。