声のした方を、振り返る。
廊下の壁にもたれた、一つの人影。
「あ」
王子、だ。
すらりと背が高く、薄茶の髪に、大きな目を始めとする整ったパーツの揃う小さな顔。
その異常な美形の持ち主の名前は、ええと、確か、東郷歩。
なぜ彼がこんな所に?
その前に、今、彼はあたしの名前を呼ばなかった?
何も言えずに立ち尽くすあたしの前で、彼はにっこりと笑った。
いつか図書室の窓と中庭とで、目が合った時と同じ顔だ。
作り物のような綺麗な顔が、この薄暗い廊下では、どこか怪しく見えた。
「これ、君のでしょ」
そう言って、先輩が右手を上げた。
その指先がぶら下げているのは、一枚のハンカチ。
見覚えのある、淡いピンク色。
「どうして……」
「君、さっき廊下に落としていったよ」
忘れたのでは、なかったということか。