『伊田ちゃん、それじゃあ何の解決にもならないよ』
唐突に、頭の中で東郷先輩の声が響き、思わず目を見開く。
触れる寸前で止まった唇は、そのまま離れていった。
揺れる瞳が、遠ざかる。
東郷先輩の優しさが、遠ざかる。
「あ……あたし……」
こぼれた声が思いのほか震えていて、思わず口を手で覆った。
知らなければ、よかった?
そんなの、嘘だ。
こんなことしたって、何も手に入らないのに。
雄平も、東郷先輩も、何も。
沙良先輩に言った言葉が、今度はあたしを刺した。
あたしは間違いを犯そうとしている。
メニュー