伊田杏奈は俺を真似て、たまにフルネームで呼んでくるようになった。
廊下を歩く背中に向けられた声に、俺は気付いていた。
「小野雄平ー」
でも、振り向かない。もっと呼んでほしいから。
「おーい。小野雄平。小野雄平ってば」
ただ、歩く速度だけ落とす。
追いついて、肩を叩いてくれるんじゃないかって下心は、当然持ち合わせている。
「小野雄平。雄平ってば!」
ぴたり。
思わず足を止めてしまった。
今、何て呼んだ?
見開いた視界に突如、整った顔が飛び込んでくる。
俺がこの世で一番好きな顔だ。
「雄平?」
どうやら、空耳でも、夢でもないらしい。



