「よー。伊田杏奈」

「あ、小野君、おはよう。なんでフルネーム?」


翌日から始まった俺のおかしな挨拶に、彼女は小首をかしげてクスクスと笑う。


「なんかいいじゃん、伊田杏奈って、リズムが」


そう言い訳してみるけれど、実のところ、ただ名前を呼びたいだけだ。


「そう?」


疑わしげに眉を寄せるので、ごまかすように尋ねる。


「てか、俺の名前覚えてる?」


彼女が、一瞬黙った。

俺の表情がショックに固まったのだろう、彼女はプッと吹き出して、


「覚えてるに決まってんじゃん。小野雄平」


焦らした先の、極上の笑顔。

覚えてるに決まってる?

さりげなく、めちゃめちゃうれしいことを言いやがる。

この女、マジで小悪魔だ。

しかも、計算無しの、ど天然。

俺の心臓、この先、大丈夫か?