「訳ありでも、何でもいいんで!
とにかく安い部屋を紹介してください!」


大学を卒業した22歳の春。

特別やりたいことも見つからず、今までバイトをしていたアパレルショップで、社員として働くことにした。


大学時代は寮に入っていたため、初めての一人暮らし。

とは言っても、使える資金には限りがあるわけで……


「ここなんてどうでしょう?」


不動産で賃貸を探していた時、髭を生やしたおじいさんが勧めてくれた部屋。

最寄り駅まで徒歩10分、職場からは一駅しか離れていない立地条件に、あたしは思わず即決した。


見学すらしなかったけど、引っ越しの準備が始まってから見に行ったら、家賃が安価な割に綺麗な部屋だった。




最寄り駅から新居となるアパートの途中、この時期になると桜が満開になる神社がある。

どこまでも続くような桜並木を抜けると、朱色の立派な鳥居が顔を出すのだ。



「上月先輩と、たくさん話せますように」



一つ年上の上月要(コウヅキ カナメ)先輩。

同じ大学に通っていた先輩で、今も時々連絡を取り合っている。


元々同じショップでバイトをしていた仲間だった。

自分で古着屋を開業したいと話していた先輩は、有言実行するべく、間もなく海外まで飛び立っていった。



大学在学中から憧れていた存在。

近々帰国すると連絡が来て、胸が高鳴る。


時々ここの神社に立ち寄っては、こうやって願掛けをするのが習慣になっていた。



毎度毎度同じお願い事を言うもんだから、神様も呆れているかもしれない。




そして、いつも通り神社を後にしようとしたその日、あたしはふと気が付いた。



こんなところに花?

桜並木を出た先の道路に、花が供えられているのだ。


いつもは、こんな花ないのに……



昔、ここで事故でもあったのかな?



そんなことを考えた。

でも、あまり気には留めなかった。



まさかここが、キミの最期の場所だったなんて、その時のあたしは知らなかったから。