「ちょっとトイレ借りてもいいですか」

…トイレに行くフリをして、こっそり逃げようと思った。


「そこを出て右よ」


「はぁ~い。すぐ戻ります」

精一杯の笑顔で部屋を出る。
さようなら、桃子さん。可愛かったよ。

抜き足、差し足、忍び足でそろーり…。


「あ、佐々木君!」

―ドキッ!

桃子さんが急に部屋から出て俺を呼んだ。


「…はいっ!」

びくびくしながら後ろを振り向く。


「言うの忘れてたけど、今日からここで共同生活してもらうから」


「ええっ!?」

桃子さんと一緒なのは嬉しいし、この家に入る前は切実に願っていた事だけど、今考えるとちょっと…。

 

「逃げられないからね。玄関に虎いるの知ってるよね?」

そのための虎だったのか……!


「あのコ…食欲旺盛でね…」

そう言った桃子さんの笑顔が、とてつもなく怖かった。


『逃げたら、餌になっても知らないから』

そう言われているようで仕方なかった。



「う、うん。もちろん逃げません」



「トイレここだよ。過ぎてるよ」

桃子さんが右手でドアを指差す。


「あ、暗くて見えなかった。あはは」


共同生活…かよ?


俺はトイレの中で、小便よりも、ため息を多く出したのだった。


「はぁ……」