カノン





「棗君のお母さんってどんな人?優しい?」

「それ訊いてどうすんの?」

「え、いや、どうもしないけど、どんな人が棗君を産んだのかと思って」

しまった、また地雷か?と思ったら棗君は言葉を続けたのでほっとした。

「忙しい人だったけど、俺のことは気にしてくれてたかな。誕生日とかは絶対帰ってきたし、そう言った意味では優しかったのかも」

過去形なのが気になったけど、亡くなってたりしてるのかもしれない、と思って口を噤んだ。

「お父さんは?」

眉根を寄せた棗君を見て、また私は地雷を踏みそうになってると感じて唇を噛んで言葉を飲み込んだ。

棗君が一気にカフェオレを飲み干す。

「俺に父親はいねぇよ」

吐き捨てるような言葉には激しい憎悪が籠っていた。

棗君が立ち上がったので私も慌ててマンゴーフラペチーノを喉に通した。


「私、学校寄るからここで」

ホームへの階段を上ろうとしたところで、棗君を呼び止めた。

「学校?何しに」

ギターケースを私に渡しながら棗君は怪訝な顔をする。

「ギターを学校に置いてきたいの」

ギターケースを持ったまま家に帰ることはできない。

母に見つかったらコンクールもろくな成績残せなくて何やってるのって怒鳴られる。

「そういやお前、最初の数回持って帰っただけでそれ以降ギター持って帰らねぇよな」

「家に置いておけないの」

「何で?」

「親が嫌いなの、バンドとか。見つかったら取り上げられちゃうかもしれないから。本当は持って帰って寝るまで弾きたいんだけどね。置いてくるついでに学校でちょっと弾いてくるよ」

店での試奏だけじゃ物足りなかった。

それに、やっぱり人の目が気になって全然集中できなかった。

どうせなら1曲まるごと弾きたいし。



「どらくらい余裕あんの?」

なんの余裕かわからなくて首を傾げていると棗君が「時間」と付け加えた。

「19時までには家に帰らないと」

「じゃあ、充分だな」

「何が充分なの?」

「スタジオ行く。どうせならいい音響で鳴らせよ、それ」

顎でギターケースを示した。

「え、今日スタジオの予約してないよね?」

「空いてれば予約なしでも入れる。曲が弾きてぇんだろ?付き合ってやるよ」

何で今日の棗君はこうも腰が軽いのか不思議だ。

誰もいなかったら鼻歌混じりにスキップして家に帰れる程に嬉しいんだけど、嬉しいと思う気持ちの奥で見え隠れする、なんでだろうっていう疑問。

今日の棗君は棗君であって棗君でないような、そんな気がする。

棗君の着ぐるみがあったら、それを被ってる別人なんじゃないかって思う。

それとも、棗君は機嫌が良かったりするとこうなのかな。

棗君って複雑すぎて、私の理解の範疇をいつも超えていく。


スタジオ練習に行く時のいつもの最寄駅で降り、スタジオまで歩く。

ギターケースは棗君が「渡せ」と言ってやっぱり持ってくれたけど、歩くスピードは変わらなくて、駅からスタジオまでの到着時間の最短記録を更新した。