カノン




「おい、行くぞ」

「ひぃあっ!」

突然視界に棗君が入ってきたものだから、大声で奇声をあげてしまった。

「なんだよ。変な声、出すな」

自分の世界にトリップしていた私が帰還すると、そこにはもう千尋さんの姿は無く、訝しんでいる棗君と、その背中で首を傾げている咲綺ちゃんと馨君。

「え、もう出番?」

「もう少しだから袖に行っておこう」

「う、うん。わかった」

馨君に付いていこうとすると、棗君が私の手首を掴んだ。

棗君の手はひんやりと冷たいのに、掴まれた部分は徐々に熱を帯びて痺れていくようだ。


「ギター持たねぇで何しに行く気だ」

「あ、あぁ、そっか、ごめん」

棗君の手から逃げ出すように小走りでギターを取りに行き、激しく打ち鳴らす鼓動を整える為に深呼吸を大きく1つ。

相当、緊張しているな、私。


「葉っぱ!置いて行くぞ!」

「は、はい!」

葉っぱと呼ばれたことを訂正するのも忘れる程、気が動転していた私はギターを小脇に抱えてまた1つ呼吸を整えた。






「松陽高校軽音部です」

ライブではないので観客はいないが、舞台の前に4人の男女が思い思いに座っていた。

舞台から下は暗いが、舞台には煌々と照明が向けられ、緊張と相まって立っているだけで汗が出てくる。

「あら、バンド名は無いの?」

審査員の1人が首を傾げた。

前の番だった高校生はバンド名らしきものを最初に名乗っていたが、私達にはそういった名前が無い。

そう言えば無かったな、と今思うくらいで気にも留めていなかった。

「ここでライブする時までには考えておきます」

咲綺ちゃんは強気な発言をいつものようにはっきりとした口調で言った。

審査員同士は顔を見合わせたり、少し笑っていたりしたけど、咲綺ちゃんは絶対本気だ。

この舞台に戻ってきてやる、と意気込んでいるはずだ。

「そう。楽しみにしているわね」

訊ねてきた審査員は嫌な顔一つせずに、優しく微笑んだ。

咲綺ちゃんの発言は取りようによっては生意気と思われてしまうかもしれない。

そんなことで点数を引かれることはないと思うが、審査員の印象にはどう残ったか不安ではあった。

「よろしくお願いします」

咲綺ちゃんが深々と頭を下げたので、倣って頭を下げた。