「いたいた。出番、ど真ん中だってねー」
馨君の姉、そして棗君の彼女の千尋さんが手を振りながら私達に向かってくる。
「こんなところ、うろついてていいのかよ」
「失礼ね。ちゃんと仕事してるわよ。ついでにあんた達を元気づけにきたのよ。でも、なーんにも緊張しないのね。可愛げないわ」
むくれている千尋さんと目が合うと、少し驚いたように目を見開いて、すぐににっこり笑った。
「よかった、まともな子がいて」
「どういう意味ですかー、千尋さん」
今度は咲綺ちゃんが頬を膨らませた。
私は自分の方がまともだったのか、と安堵の息を吐いた。
「緊張するわよねー。審査とは言え、初のライブハウスだもの」
私は激しく頷いた。
この人達おかしいんですよね!?と目で訴える。
「緊張するな、なんて言わないわ。でも、緊張でふたばちゃんのこれまでの頑張りを殺しちゃダメよ?」
「頑張ります」
ここで自分の持てる力を出さなければアロンアルファまで塗って練習してきた意味がない。
千尋さんは頷いて柔らかく微笑んだ。
やっぱり笑った顔が馨君にそっくりだ。
千尋さんから溢れ出る余裕が大人の女性の魅力を一気に引き立てる。
ふふ、と笑う千尋さんの笑顔は色っぽい。
こんな大人になりたい、と憧れるほどに千尋さんは申し分ない容姿と中身を要していた。
「棗はもう少し緊張できたらねー。そのふてぶてしさも半減すると思うんだけど」
「なんだと、コラ」
「怒らないの」
「髪、触るんじゃねぇ」
くしゃくしゃと髪の毛を千尋さんに掻き回された棗君は千尋さんの手を取って睨み付けたが、千尋さんはクスクス笑うだけ。
やり取りを見ていると、仲の良い姉と弟くらいに見えてしまうが、でも付き合ってるんだよな、と認識すると喉の奥に違和感を感じた。
そう思うと今のも恋人同士にしかできない行動のように思えるし、棗君の目がいつもより優しくも見えてくる。
そもそも棗君の頭をぐしゃぐしゃにするなんて、彼女にしかできないんだろうな。
この前、音楽準備室で寝ている棗君の髪に触れそうになった時、寝ていたにも関わらずそれは阻止された。
それ程、警戒心を持っている人なのに、今はいとも簡単に千尋さんによって棗君の髪が乱れてしまった。
それだけ、気を許した人なんだろうな。
私の周りにいる人は、私がどれだけ背伸びしても適わない人ばかり。
そんな素敵な人達が私の周りにたくさんいることが嬉しいと思う反面、とても悔しくも思う。
棗君と千尋さんが2人で並んでいる姿を密かに視界の隅にから押しやった。

