朝練の為にいつものように音楽準備室に行くと、相変わらずの定位置で椅子をテーブル代わりにしてペンを走らせていた。
「咲綺ちゃんの曲、すごく良かったね。棗君の方はどう?もうできそう?」
肩に掛けていた鞄を置きながら訊ねると、棗君は手も止めずに呟いた。
「俺のはいい」
「え?」
低い声だったが、確かにそう聞こえた。
だけど、どういう意味の「いい」なのかわからず、聞き返した。
「じゃあ、今書いてるのは?」
「咲綺の曲をTAB譜に変えてる。お前、咲綺の譜面だけで弾けないだろ」
「そ、そうだけど、何で突然辞めちゃったの?」
「別に」
別に、って全然理由になってないよ。
棗君がこんな簡単に何かをやめてしまうことに違和感を感じた。
毎日朝早くに来て、ひっそり曲作りに専念していたあの時間をこんな簡単に無ったことにしていいの?
「あの曲を書いた譜面はどうしたの?」
「全部捨てた」
「ほとんどできてたのに・・・?」
「完成したってボツにする曲だって今までに何度もあった。稀なことじゃねぇよ」
あの曲が完成することを楽しみにしていた。
棗君らしくない、でもやっぱり棗君らしいかな、って思っていた優しい音色。
それを今弾けって言われたら弾けると思う。
棗君のように上手くは弾けないだろうけど、ちゃんと耳に残ってる。
本当に「別に」で終わらせられる曲だった?
だって、曲を作ってる時の棗君、生き生きしてた。
怒り以外の感情なんてほとんど顔に出さないのに、曲を作りながらギターを弾いている時は始終、穏やかな表情をしていた。
曲作りが好きなんだね、って思いながら練習の傍ら、棗君の作り出す音楽をBGMにしていた。
「イベント用の曲はもう作らないの?」
「作らない」
「どうして?他の曲が思い浮かんだからボツにしたんでしょ?」
「浮かんでねぇよ。イベントには咲綺の曲とコピー曲の2曲をやる。今週中には選曲してくるから練習しとけよ」
「でも・・・」
「しつけぇ。お前、ブリッジミュートできるようになったのか?」
「もうちょっと・・・」
「さっさとやれ。俺の曲をどうこう言ってる場合か。お前、喋るんじゃねぇぞ、俺が曲作ってたこと」
鋭く睨まれ、私は押し黙る。
こうなってしまった頑固者の棗君を私なんかがどうこうできるわけないことを知っている。
渋々、私は自分の練習に取り組むことにした。

