カノン




咲綺ちゃんと一緒に音楽準備室に到着すると、棗君が来ていることを確認してにやにやと鞄を探り始めた。


「じゃじゃん!できましたー、あたしのデビュー曲!」

勢い良く目の前で開かれた音楽用ノート。

五線譜が引かれたその紙面には様々な音符が躍り、その上には歌詞と思われる文字も書かれていた。


「ちょっと唄ってみるね」

自然と体に馴染んでいく透き通るような咲綺ちゃんの声色。

透明感があって空間に溶け込んで行くようなのに、どうしてこんなにも存在感があるんだろう、といつも不思議に思う。


明るい出だしから始まった歌。

勢い良く歌い上げてすぐにトーンダウンで、あれ?と思わせておいて、サビでトーンアップしてまた楽しそうに軽快に舞うように唄う。

小悪魔な女の子を思わすように、落として上げて、期待させといてツンとして。

そっぽを向いたかと思うと寄り添ってくる。

やっぱり咲綺ちゃんは空間そのものを自分の思い通りにしてしまう。

竜巻のように巻き込んで、何もかも連れ去って行く。

曲が後半に差し掛かると、緊張感ある音調の中、強く吹く風のように突っ走って行く。



咲綺ちゃんが作る表情と声に共鳴し、私の心臓が高鳴り、油断したら感極まって涙しそうだ。

綺麗なビブラートを効かせ、唄うのを終えたが、まだ余韻に浸れる。


私も棗君も口を開かないでいると、不安になったのか咲綺ちゃんが最初の言葉を発した。

「あれ・・・?ダメ?」

不安げに顔色を窺う咲綺ちゃんと目が合うと、私は激しく首を振った。

「すごい!」

正直な気持ちだったけど、稚拙すぎた感想に肉付けしたくて言葉を探したけれど、「すごい、すごい」と拍手するだけだった。

余計な言葉を言って、咲綺ちゃんの曲を固定的な印象に考えたくなかった。


「ほんとに!?これ、ライブでやっていい!?」

私と咲綺ちゃんは同時に棗君に顔を向け、反応を待つ。

「やれよ」

咲綺ちゃんは棗君が頷いたことを確認すると「やったー!」と大声で叫び、飛び跳ねた。

棗君の「うるせぇ」の言葉が飛んでくるかと思ったが、珍しく棗君は何も言わない。

同じく作曲をしていることもあって、咲綺ちゃんが喜ぶ気持ちを理解できたのかもしれない。