朝練を終え、棗君とは教室の前で別れた。

音楽室から教室までほとんど無言で、別れる時も「じゃあね」「ん」という短い会話だけ。

それだけでも、心の真ん中からじんわりと暖かい物が広がっていくのを感じた。


「え、今の棗?」

ドアの近くで友達と話していた咲綺ちゃんは私に気付いて、目を丸めた。

「棗君と仲直りした、と思う」

はっきりとした仲直りの言葉は無かったけど、棗君が曲を書き、私がその横でギターの練習をする。

そして、私が不快な音をたてると目を怒らせた棗君からの厳しいチェックが時たま入る。

楽しい時間を取り戻してみると、何だこんなことか、って思う程簡単で、ずっと避けていた時間がもったいなかったと思う。


「ごめんね、咲綺ちゃん」

「うん?」

「咲綺ちゃんを傷つけるようなこと言ってごめん」

頭を深々と下げると、両端から頬を包み込まれて顔を上げさせられた。

「やだなー、気にしてないよ。あたしのハートは鉄製だから傷なんかつかないの」

くらり、とするような綺麗な笑顔で咲綺ちゃんは自慢げに言った。


「咲綺ちゃん・・・、好き!」

込み上げてくる涙を必死に抑えたせいで目頭が熱くなり、鼻がつん、と痛む。

私より少し背の高い咲綺ちゃんの首に腕を巻き付け、背伸びをする。

「あたしも、好き!」

私の言葉を真似て咲綺ちゃんも私の背中に腕を回して力を込めた。



教室に入ってくる生徒が訝しむような目を向けていくることに気付いて、少し恥ずかしくなった。

咲綺ちゃんの首に巻き付けた腕を緩めると、咲綺ちゃんも同じように手を離す。


「放課後、一緒に軽音部に行ってくれる?」


咲綺ちゃんは何度も私に手を差し伸べてくれていたんだから、今度は私の方から咲綺ちゃんに歩み寄る番。

何度も不快な思いにさせたのに、咲綺ちゃんは快く頷いた。


「当たり前でしょ」


そう言って笑う咲綺ちゃんを見て、また思い知らされる。


やっぱり、適わないな。