いつの間にか男子の視線を咲綺ちゃんが集めている。
そんな事態が起こっていることに気付いていないのか、最早日常茶飯事で気にしていないのか、咲綺ちゃんは会話を続ける。
「席がわかんないの?」
「そうじゃなくて・・・、違う人が座っててどうしようかと」
「そんなん言えばいいじゃん。どこ?」
「え・・・、あそこ」
ほぼ真ん中に位置するその席を指差すと咲綺ちゃんは机の間を縫って指した方向へ向かった。
「ごめん。そこ、ふたばの席なんだわ。困ってるから座らしてやってよ」
「あ、ごめん。いいよー、座って」
座っていた女子は快く引き受け、話していた女子の前に立って話を再開した。
「だって。よかったね、ふたば」
「ありがとう」
「こんくらい、いいよ。あたしの席ここだった。隣だね」
咲綺ちゃんは隣の席の椅子を引きながら、にっと笑って「教科書死ぬ程忘れるからよろしく」と背中を叩かれた。
思ったより力が強くて咽かけたが、それよりも「ふたば」と呼ばれたことに驚いた。
記憶を遡ってもクラスメイトにそう呼ばれたことが思い当たらない。
佐伯さん、と遠ざけられた呼び方が定着していて「ふたば」と呼ばれることがむず痒かった。
「おはよー、咲綺。昨日電話したけど出なかったでしょー」
「ごめん、寝てたわ」
口を尖らせながら女子が近づいてくると咲綺ちゃんは苦笑いで掌を顔の前で合わせた。
「うわっ、どんだけよ!何年あんたと一緒なわけ!?」
「嫌なわけー?かなりショックなんだけど、あたしー」
また新たにやってきた女子に対して咲綺ちゃんは口をへの字に曲げて睨み付けた。
笑ったり拗ねたり、ころころと表情が変わる人だ。
その全ての表情が魅力的で惹きつけられる。
「嫌なわけないじゃん!咲綺たんだーい好き」
「じゃれるなー!やめれー!」
抱きつかれた咲綺ちゃんはじたばたともがいて逃げようとする。
ものの数秒で咲綺ちゃんの周りには人が集まったし、ほとんどのクラスメイトが元から咲綺ちゃんと知り合いのように、挨拶を交わした。
正反対の存在に憧れを持ってしまうのは残酷だ。
月は太陽にはなれないし、黒なんてどんな色も受け入れない。
咲綺ちゃんが見ている景色を私も見たいと思った。
とてつもなく輝いた景色がそこにあるんじゃないかと本気で思った。

