目的の駅で電車を降りると、他の車両に乗っていた人達も同時にホームへ降りた。
階段を上っていると、後ろから呼び止められた。
振り向くと馨君が数段下から手を振って近づいて来た。
「やっぱり。うちの制服姿でギターケースの子が見えたからそうかなって。咲綺も一緒だったんだね。あ、持つよ?」
馨君はギターケースを指差したが、私は首を振って断った。
「悪いよ」
「女の子にこんなの持たせて横歩けないから、はい」
肩からギターケースを外され、馨君は片方の肩にかけた。
「これが馨のモテる所以よね。その顔で優しくされたらコローっといっちゃうよ、普通」
「女の子には優しくって厳しく躾けられてきたんだ、姉さんに。これは習慣だよ」
「ファミレスで見たもんねー?他校生に声かけられてんの」
「やっぱり見てたんだ」
「ああいう優しさってどうかなって思うよ。愛想がいいから変に期待持たれちゃわない?」
「でも、勇気を出して話し掛けてくれたことを無下には出来ないよ」
「ふへー、左様ですかい」
下唇を突出し、アメリカ人のように掌を天に見せて肩をすくめた。
「ドラムの方は買えそう?」
再び外に出ると、咲綺は私に身を寄せて、体を縮めた。馨はちゃんと傘を持参していたようで、黒い傘を広げた。
「あともう少し」
「ドラムが買えたら練習にもっと力が入れられるね」
「うん。やめることは伝えたんだけど、そしたら止められて、卒業したら正社員にならないかって言われた」
「え!?ずっと続ける気!?練習量が少ないって言ってたじゃん!」
「もちろん断ったよ。すごくいい人達だったけど、俺はやっぱりドラムをもっと叩きたい。その為のバイトだったんだからきっちりやめないとね」
「きっと馨がいなくなったら客もいなくなると思ったのねー。ご愁傷様ー」
咲綺ちゃんは見えて来たそのファミレスに向かって合掌した。
「馨君はバイトと軽音部の両立って辛くないの?」
何かと平行してバンドをしているのは馨君も私も同じだな、と思ってふいにそんなことを訊いてみたくなった。
「辛いことだらけだよ。結構忙しいんだ、あの店。それに棗のスパルタでしょ?ベットに入ったら一瞬で寝られるよ」
「そうだよね・・・」
「馨って弱音とか吐いたことなくない?」
「完全に俺の都合だしね。それに、軽音部での時間は大事だから愚痴なんかで無駄に浪費したくないんだ。同時に何かをするって大変なのは当たり前なんだよ。それでもやりたいならやるしかない。今は今しか無いんだからね」
馨君は私に「そうでしょ?」とどうして私がそんなことを訊ねたのか理解しているような確認の仕方だった。
馨君は私が毎日部活に出られない理由を知っているのかもしれない。
そして、私の質問の真意を見抜いて私の背中を押してくれたのかもしれない。
「馨君ってさ、菩薩に似てるよね」
「え、何?喜んでいいの?それ」
「菩薩って!ささ、合ー掌ー」
咲綺ちゃんは面白がって馨君に掌を合わせて礼をする。
私もそれに倣うと、「ふたばちゃんまで!」と馨君は逃げ出した。