梅雨入りが発表され、最近の空は厚く黒い雲が覆い隠し、気づけばコンクリートを黒く濡らしている。

外に出ると漂う雨の匂いは嫌いじゃない。雨自体も結構好き。

パタパタ傘に落ちる雨音はリズミカルで、懸命に音色を奏でている様にも聞こえる。



「うわぁ、降ってきたかー」

私の横で咲綺ちゃんは空を見上げ、眉根を寄せている。

「今日は晴れって聞いたのに」

「梅雨だもん。あてにならないよ。一緒に入ってこ?」

「助かるー」

今日はこれからスタジオ練習があり、駅から徒歩十五分のスタジオまで楽器を運ぶには最悪のコンディションではある。


けど、割と楽しめているのは友達と同じ傘に入って並びながら歩いているからだ。

それだけで淀んだ空すら気にならなくなるものだ。


「咲綺ちゃんっていつもいい香りがするよね。シャンプー?」

何気なく感じていた香りは密着しているせいか、いつにも増して鼻をくすぐってくる。

「香水だよ」

「香水ってこんな甘い匂いがするんだ」

「いろいろだよ。つけたことないの?」

首を振ると、咲綺ちゃんは鞄の中を覗きながら手を突っ込んで何かを探し始めた。


「あ!あった」

咲綺ちゃんが手にしていたのは蝶の形をした小瓶にピンク色の液体が入っている物。

「え、これが香水?」

「そうだよ。手、出してみて」

傘を持っていない方の手を差し出すと、手の甲を地面に向けた状態に返され、手首にワンプッシュ。

すると、咲綺ちゃんから漂う甘い香りが手首に張り付いた。

「香水って見た目も可愛いんだね」

「気に入ったんなら、あげるよ」

蝶の小瓶を差し出した手を慌てて押し戻す。

「悪いよ、そんなの」

「大きいのが家にもあるの。だから、こっちはふたばにあげる。使いかけで悪いけど」

私の手に小瓶を握らせ、「返品不可!」と悪戯っぽく舌を出した。

掌に乗った小瓶を眺めていると、咲綺ちゃんがけらけらと笑う。


「ふたばって過去からタイムスリップでもしてきたみたい。そんなに喜んでくれるなんてかーわい」

「私の親ってすごく厳しいから、こういうのは必要ないって言うの」

「ふたばのお母さんて何してる人?」

「ピアニスト」

「そうなの!?すごいね!自慢のお母さんじゃん!うちのお母さんとは比べ物にならないな-」


自慢のお母さんとは遠くかけ離れている感じがして、私は苦笑いしかできなかった。