レッスンが増え、コンクールもバンドイベントもほぼ同時期に行われることに焦りを感じた私はいつもより一時間早く家を出た。
母は不審に首を傾げたが、突っ込んでくる様子は無く、いつものように私を見送った。
体育会系の部活が朝練を毎日しているからか、既に玄関は開いている。
いつもと変わらず下駄箱に靴を入れるのに、窓から漏れる光がいつもより眩しい。
校内を歩けば、夏も近いと言うのにひんやりと冷たい空気が漂う。
静まり返った校内を歩くのは少し不気味で、でも少しワクワクした。
三階まで上り、一番奥にある音楽室の前に立つ。
ドアを見て、鍵穴があることに気づいた私はしまった、と思った。
鍵がかかっていないことを祈りながらドアを引いた。願いは叶い、ドアがガラガラと音をたてて開かれる。
音楽準備室にも鍵穴があったが、こちらも難なく開けることができた。
「な、棗君」
ドアをうっすら開けた瞬間に蛍光灯の光が漏れ出たので不思議に思ったが、まさか棗君がソファに座っているとは思いもしなかった。
棗君は見慣れないギターを組んだ膝の上に置いていて、扉が開かれると少し驚いたように目を見開いた。
「早いね」
棗君の使っているベースは茶色っぽいボディと中央に伸びていく黒のグラデーションが淵を囲んだようなデザイン。
今持っているのはレスポールと呼ばれる丸みのあるボディが特徴のギター。
少しひょうたんみたいな形だな、と思った。
色は真っ黒で、棗君にはこっちのレスポールの方がしっくりくる。
「俺は毎日この時間にいる」
ギターを弾くのを止め、机代わりにしていた生徒用の木の椅子に置いていた紙を鞄にしまった。
「そういえば、棗君はギターの経験もあるって咲綺ちゃんが最初に言ってたね」
カズ君が軽音部を出て行った時に咲綺ちゃんは棗君は経験者だからちゃんと教えなさい、と怒っていたのを思い出した。
「どうしてベースを選んだの?」
「別に意味はねぇよ。カズが入った時にギターやるってうるせぇから譲った。そしたらそのままベースになった」
「え、じゃあ、もしかしてギターやりたい?」
「何でちょっと上から目線なんだ。ムカつく」
「え!?そんなことないよ!もし、棗君がギターやりたいなら申し訳ないなって思って」
「俺がギターやりたいって言ったらお前、譲るのか?」
「それは・・・嫌・・・。でも、ギターが二人いてもおかしくないよね?」
「ベースはどうする」
「ベースがいないバンドだってあるよ?」
「けど、俺は最低ギター、ベース、ドラムは無きゃ嫌だ。ベースがいねぇとスカスカする。工夫すれば補えるかもしれねぇけど、多分ドラムの負担がでかくなる」
ふーん・・・、ちゃんと仲間のこと考えてるんだ。
何でこんな偉そうな人に咲綺ちゃんも馨君も付き合っているのか、何で最終判断を棗に煽るのか、わからなかったけど、こういうところを二人はちゃんと知っているのかもしれない。
そう言えば、私も実感することはいくつかあったな、と記憶を巡らす。

