カノン



そう考えたら酷く恐ろしくなった。

慌てて鞄からiPodを出してイヤホンを耳に押し込み目を瞑る。

音量を上げて外界と自分の存在を完全に切り離す。

イントロはギターの速弾き。激しく掻き鳴らされる音に一瞬の狂いだって無い。

1人でいることが怖くなった時、泣きたくなった時、叫びたい時。

私が壊れないで存在しているのはこの曲があるからだと思う。


聴くと気持ちが落ち着き、気分が晴れ、もう少し頑張ってみようかな、と前向きになれる。

麻薬にも似た効果が私にはあって、iPodはいつも欠かせない。



「Amazing grace how sweet the soud...」

曲と曲の合間に丁度入り込んできた声。

iPodの操作を誤ったのかと思った。

そう思ってしまったのは声がどことなく今聴いていた曲の声と似ているような気がしたからだ。

停止ボタンを押し、耳を傾けた。



柔らかく澄んだ声は開いた窓から次から次へと飛び込み、教室を染めた。

正に救いの手を目の前に差し出されたかのようだった。


ネイティブを思わせる英語は声量があり、外から聞こえてくるのにも関わらず、どの音にも負けない別の音として私の耳に確実に届く。


私はその声に誘われるようにして開いた窓に手をかけた。


目を閉じると脳内にじわりと浸透する。

いつまででも聴いていたくて、もっと近くで聴いていたくて、窓から身を乗り出した。


メロディの出所はこの教室の真上。顔を外に出して空を見上げる。


沈みかけた夕日をバックに屋上のフェンスに身を委ねた人影。





「わーっ!!!!」

夢中になって身を乗り出したせいで私の体は3階の教室から半分も外に飛び出していた。


体を慌てて引込めて、一息吐く。

危うく自殺現場になるところだった。私なら動機もあるし、事故とは認められ無さそうだ。



「大丈夫ー?」


上から声が聞こえ、遠慮がちに窓から顔を出すとフェンスの網の間に指を差し込んでこちらを見下ろしている女子生徒と目が合った。


「大丈夫!」と答えると彼女は唇の端を持ち上げた。

「それならよかった」

声からして唄っていたのは彼女で間違いなさそうだ。

綺麗な声だと思っていたが、姿も綺麗だった。


逆光で顔に影が落ちてしまっているが、それでも小さな顔に大きな瞳があることくらいは判断できたし、彫が深くてハーフっぽい。

胸まで隠れる長い髪は夕日を受けて栗色に染まる。


「あ、の・・・っ!」

「棗、遅い!」

彼女は私の問いかけには気づかず、姿の見えない来訪者のもとに駆け出して行ってしまった。


名前くらいは訊きたかったが寒さに負け、ゆっくりと窓を閉めた。