棗君の見せ場、ベースの速弾き。
それをわかっていて観客の視線が棗君に向くように咲綺ちゃんは棗君に寄り添ったのだろう。
指が柔らかく四本の弦を正確に弾く。少し長めの前髪は棗君の視線を隠しながら揺れている。
馨君は細腕なのに、ドラムを叩くスティックは力強い。更にスティックを回すパフォーマンスを取り入る余裕ぶり。
乗ってくると、それぞれがスタジオではあまり出さなかった個性を出し始める。
でも、それが一人歩きすることなく、曲にぴったり合っている。
示し合わせてなんかいないのに、お互いが分かり合って演奏している。
すごい!すごい!すごい!
演奏しながらも私は感動を覚えていた。
感じるこの一体感はスタジオで感じたものとは全く違う。
最早体育館が大きな一つの音響機器のように音楽を奏でるようだった。
曲が終わると拍手が鳴り響いた。
必死で弾いていたせいか、あっという間の時間だった。
少し荒くなった息を整えようとしても、高揚感が治まらなかった。
「練習すれば入部一週間でここまで弾けるようになります!初心者も大歓迎ですので、軽音同好会をよろしくっ!」
咲綺ちゃんは私を示すと観客の視線が一気に集まる。
途端に舞台に上がるまでの緊張感が復活し、慌てて俯いた。
俯いた頭に「一週間ですげぇな」や「よくやった!」という声が聞こえ、ぱっ、と顔を上げて観客を見つめ、大袈裟なお辞儀を返した。
舞台袖に掃けると、私を大きく息を吐いて一気に脱力感を味わった。
「いきなり指すなんてやめてよー。心臓出るかと思ったんだから」
「あんまり盛るなよ。こいつは元々コードとか知ってたからどうにかなったわけで、丸っきりの初心者から一週間で弾けるようになったわけじゃないだろ」
「ついね。どうしても新入部員欲しさにぽろっと。でも、ふたばのこの一週間の成長ぶりはすごいよ。スタジオ練習の時からまた良くなったね」
毎日棗君が罵声を浴びせるような特訓をするから、私は恐怖心から意地でも弾けるようにならなきゃ、と必死だった。
その甲斐あって、みんなの邪魔をしない程度に弾けるようになったのだから罵声も感謝すべきなのかもしれない。