カノン



「佐伯さんってずるくない?」

サッカー部のかけ声がグランドから聞こえてくる程の静けさ。

おかげで嫌味の籠った声は教室のドアを開けようとしていた私の耳に届く。

「体育やらなくていいとかずるい」

「なんかさー、私はあなた達と違うわよ、みたいな顔してない?」

「それ、わかるー。すっごいむかつく!」

どんな顔か教えてほしいんですが。


入るタイミングを失い、ドアに指をかけた状態で聞き耳をたてる羽目になった。


「そういえば何で佐伯さんって贔屓されてんの?」

「両親が有名なピアニストとバイオリニストらしいよ」

「それで何で体育出なくていいわけ?」

「佐伯さんも将来はピアニストになるから指に怪我はできないんだって。親自ら校長に交渉しに来たらしいよ」

「うわ、親バカー」

恥ずかしくなり、一気に顔に熱が集まる。

親が乗り込んで来たことまで広まっていたとは知らなかった。

ジャージを握る指に力が入る。

ここから逃げ出したいのに足が全く動いてくれない。


「それでわがまま通っちゃうならあたしもピアニスト目指しちゃおっかなー。小学生の時やってたしー」

「そしたら佐伯さんみたいに浮くよー?」

「うっわー、それは耐えられないからピアニストパース!」

「かっるぅ」


下品な笑い声は廊下中に響き渡る。

もちろん私の耳にも聞こえてきて、脳内をその声が支配し、反響する。

うるさくて不快な音だ。

それぞれが発するリズムは一定なのに3つの音がぐちゃぐちゃに絡まると吐き気がする。



腕の中に抱えていたジャージを握りしめ、ドアを思い切り引いた。


盛大な音が鳴ると3人の肩が同時に跳ね、不協和音もぴたりと止んで私の方を振り返った。

その視線に気付いていないふりをしながら自分の席に座り、何食わぬ顔で帰り支度を始めた。




女子たちが「聞こえたかな?」と相談する小声は丸聞こえ。

最終的には「まぁ、いっか。カラオケ行こー」と賑やかに教室を出て行った。


彼女達に追いついてしまったら気まずい、そう思ってのろのろとした動作で鞄に授業道具をしまい込む。



唐突に冷たい風が室内に流れ込み、ぶるりと体が震えた。

窓が開いているせいでさっきよりも明瞭に聞こえてくるサッカー部のはしゃぐ声。

誰もいない教室で響くその明るい声は、逆に私に孤独感を植え付けた。


クラスメイトに疎まれていることは知っていた。

今まで何度も同じようなことを陰で言われてきたから慣れている。


でも、心にできた虚無感に慣れることはない。


冬は特に寂しく、虚しい。


高校生活はあと2年。

あと2年だけ辛抱すれば、こんなに孤独を味わうこともないはずだ。


・・・2年も・・・。