カノン




棗君はベースを見下ろしながら長い指を軽やかに四本の弦の上へ走り回らせている。

自己中心的な男だとばかり思っていたが、今は微塵も見せず、馨君が作り上げるペースに合わせ、咲綺ちゃんの歌声を引き立たせようと要所要所で強弱をつける。

ふとたまに顔を上げた時に見せる鋭い眼差しは変わらないが、そこに私の恐怖心は無く、寧ろ一瞬目が合った時にはどきりとした。

なんて、心地良く響く音だろう。

独りよがりな演奏が一つも無い。

あんなに個性が強い軽音部が今は一つの大きな音色を奏でているのが不思議だ。




一曲を弾き終えると、咲綺ちゃんがぱっ、とこちらを振り向いた。

「ふたば!よくやった!正直、ここまで弾けるようになるとは思ってなかったよ」

「え、ほんと?変じゃなかった?」

「変じゃないよ!」

「うん、いい感じだった」

「馨君が合わせてくれたおかげだよ」

二人に褒められ、照れくさくなった。

最近は母にダメ出しばかりされていたから、褒められてもどんな言葉を返していいか戸惑ってしまう。

「棗もそう思わない?」

馨君は棗にも問いかけた。視線を向けると、肩からベースを下ろした棗君と目が合った。

この沈黙が辛い。

私は棗君の刺さるような視線を長く直視できず、視線を外した。

その直後に棗君の低い声が聞こえてきた。


「・・・前よりマシんなった」

ぼそり、と呟くように発せられた言葉を一瞬理解できなかった。

ぼんやりと棗君の無表情を見つめていると、「何だよ」と不機嫌そうにした。


「ほ、ほんと?」

「調子に乗るなよ。最初が底辺だったんだからマシになるに決まってるだろ。まだ変な音出してるし、音弱いからな」

「あれで、一応褒めてる方だから大目に見てやって」

咲綺ちゃんがニヤニヤと耳元で囁いたのだが、棗君には届いたらしく、更に鋭く睨みつけた。


私ら泣きたくなりそうなのを堪えて、ギターを強く抱き締めた。




それから二時間フルに使って修正箇所を洗い出し、細切れに曲を演奏していった。

私の音が、今奏でている音色の一つになっている、

咲綺ちゃんの歌声が、馨君のドラムが、棗君のベースが、私の下手くそなギターを包んでくれる。


今までずっと一人でいたせいか、この暖かさが嬉しいのにくすぐったい。

でも、もっともっとこの心地良い暖かさに触れていたい。