猛特訓をするという咲綺ちゃんと馨君に対して不安要素の私が放課後の練習だけで、一曲を弾けるようになるとは到底思えなかった。
馨君は最初の十分くらい音楽準備室に顔を出してカズ君から許可をとったことを教えに来てくれた。
心置きなく持って行けるだろ、と棗君は私にギターを押し付け、帰路についた私の背中にはギターケースがピッタリ張り付いている。
今の私は確かに、心置きなくギターを持って歩けている。
家の鍵を開けたが人の気配は無く、薄暗い廊下が玄関から伸びていた。当たり前だ。
普段、今日はピアノのレッスンだが、母親は演奏の為にフランスへ旅立った。
ウィーンの音楽団でバイオリニストをしている父親は滅多に家に帰ってこない。
母親は本拠地を日本に置いているものの、海外での演奏も少なくない。
ピアニストで有名になるには海外での実績を必要とするのだ。
母親が家を空ける時には決まって小学生の華は母親の実家に預けられる。
私は祖母の家に行くこともあるが、今回行くことはないだろう。
こんな絶好のチャンスは逃せない。
堂々とギターを背負って自分の部屋に入り、早速TAB譜とギターを取り出す。
アンプが無いせいで、シャンシャンと間の抜けた音を出すギターだが、構わず弾き続ける。
本当は母親が居なくてもピアノの自主練習は必須。
それをわかっていても、ギターを弾く手を止めることはできない。
母親に落胆されるのが、怖くないわけがない。
ピアノしか無かった私からピアノが無くなったらどうなってしまうのか、考えるだけでどうにかなりそうだ。
それでも、私をギターに向かわせるのは今まで隠していたロックへの憧れが解放されたからだ。
解放してもいい場所を見つけた。
ロックを聴いて現実逃避をしていた私が今度はロックで誰かと繋がろうとしている。
ロックは私にとっての麻薬。
私は簡単に中毒者になってしまった。

