「わり」
スーツの上着を肩にかけた状態でファミレスに入って来た棗君は、ネクタイを煩わしそうに緩めながら私の隣に腰を下ろした。
私は棗君のネクタイを緩める姿をしっかりと目に焼き付けておく。
「息くらい切らして来いよ」
「持久力があるだけだっつの」
棗君とカズ君は卒業しても会うたび、歪み合っている。
流石に掴み合いは減ったから、これが2人なりの挨拶なんだと甘んじて受け入れることにした。
「残業?」
「急に押し付けられた」
眉根を寄せて思い出したのは、きっと棗君の天敵である係長のことだろう
棗君は社長の息子だということを隠し、お父さんの経営する会社には一切コネ無しで入社した。
けれど、係長には何故かバレてしまって、様々な嫌がらせを受けているらしい。
会社での棗君は苛立つ感情を抑えつつも、押し付けられた仕事を完璧きかつ、素早くこなして係長へ対抗しているらしい。
「で?何か進んだ?式の話」
走ってきたのは本当だったのか、店員が注文を取りに来るまでの時間も待ちきれず、私のアイスコーヒーを勝手に飲み始めた。
「佐伯さんがサボるから進んでねぇー」
「カズ君!」
カズ君は笑いながら告げ口をし、私は恐る恐る棗君の顔を窺う。
「お前、わかってんの?日にちがねぇんだよ!」
「ごめんなさいっ!」
案の定、鬼の形相で私を睨み付けていた棗君に何度も頭を下げていると、それを見て馨君がクスクスと笑っていた。
「これが出ると、高校の時に戻ったなーって気がするよ。いつもそんな感じ?・・・だったら結婚しないか」
馨君は全部見通しているかのように、頬杖をついて笑っていた。
「ったく。貸せ」
苛立ちながら私の手からアルバムを奪って、乱暴な扱いでページをめくり始めた。
「ふたばちゃんは仕事、どうするの?やめるの?」
「今度住むところの近くで就職決まったからそっちに行くの。小さいけど、音楽雑誌作ってるとこだよ」
「マジ?良かったじゃん。佐伯さん、ずっと音楽雑誌を作りたいって言ってたよな」
大学を卒業して就職した会社は雑誌編集部だったけど、やりたかった音楽雑誌の配属にはならなかった。
前の会社は大手で、今度の会社とは給料も待遇も全く違うけれど棗君と一緒にいられて、やりたかった仕事ができるという幸せを手に入れることができた。
「おーまーえー!喋ってねぇで手伝え、ボケッ!」
飲み物を入れて戻って来た棗君に怒鳴られて、私は慌てて結婚式で使用する写真のピックアップ作業に加わった。