「聞こえねぇよ」
「嘘だ」
「じゃあ、もう1回聞きてぇって言ったら?」
棗君の声が体が触れている箇所から響いて伝わってきた。
もしかして、と淡い期待をしながらも私は激しく首を振った。
「無理・・・、恥ずかしい・・・」
小さく息を吐いて、私の腕を引き離すと棗君が私の顔を至近距離でじっと見つめていた。
何もかも見透かすような鋭い目。
「やだっ」
慌てて泣き顔を隠すと、棗君の手によって阻止された。
「お前の泣き顔なんて見飽きてんだよ」
「やだやだやっ・・・」
棗君は私の言葉を遮って唇を合わせた。
目を丸めた状態で棗君の閉じた瞼から生えている長いまつ毛をひたすら見つめていた。
「バカ。目、閉じろ。恥ずい」
唇が離れたかと思うと、息がかかるほどの近さで低く呟いた。
ぎこちなく、目を閉じると私の後頭部に手が添えられ、再び触れた柔らかい感触。
目を閉じた方が棗君の唇の感触が強く伝わってきて、さっきよりも心臓が早鐘を打っている。
ゆっくりと、棗君の唇が離れて行くと額をくっ付けて棗君が上目遣いで照れくさそうにしていた。
「やっぱ、もう1回聞きたい」
「私だけ、ずるい」
キスをしたってことは、棗君も同じ気持ちなのかもしれないとさっきよりも強く思ったが、言葉で言ってくれないと、私はどうしても信じられなかった。
「・・・棗君が言ってくれたら、言う」
そう言って、もし、違っていたらどうしようかと不安に思った。
さっきのキスは何かの勘違いで、棗君は私の事を何とも思ってなかったとかだったら、もう棗君と顔を合わせられない。
「言ったな」
棗君はにやり、と笑って私の耳元に唇を近づけて低く甘い声で呟いた。
その瞬間、私の心臓は大きく跳ね、足ががくりと落ちてしまった。
「おい、どうした」
「わ、わかんない。いきなり力が抜けて・・・」
机の下で尻餅をついていると、棗君は席を立って私を上から覗き込んでいた。
「腰砕け?俺の声、そんなに良かった?」
「ち、違っ・・・!」
多分、棗君のご指摘通りなんだろうけど、あれはずるいと思う。
私が思った以上の反応を示したからか棗君は満足そうにしていた。
「じゃあ、試してやるよ」
近づいて来た棗君から自分の耳を両手で守ると、それをあざ笑うかのようにキスをした。
今度はさっきよりも荒々しくて、でも怖いとは感じなかった。
壁に背中を押し付けられて口の中にまで快楽が襲って来る。
棗君はいつも怒ってばかりなのに、こんな優しくて甘いキスは本当に卑怯。
「・・・で、そろそろ言えよ」
長いキスを交わした後、棗君は私の顔の横に両手をついて鋭い双眼で見下ろしていた。
私ばかり余裕が無くて、完全に棗君に翻弄されている。
「棗君が、好き・・・、です」
俯きたい気持ちを抑え、辛うじて視線だけは棗君を見上げたまま、さっきよりもはっきりとした言葉で伝えた。
「それ、やばい」
今度はどちらからともなく、唇を交わした。