カノン




「棗君って、最初会った時よりも笑うようになったよね」


最初に棗君を見た時、ただ座っているだけでも何か怒っているのかってくらい怖かったのを思い出す。


怒り以外の表現はとても小さくてわかりにくいけれど、日に日に多くなっていたと思う。



「それ、千尋にも言われた」

突然出てきた名前に少し動揺したけだ、棗君にはバレなかったみたいだ。


千尋さんのことが話に出て、今まで気になっていたことを口にしてみることにした。


「千尋さんとは・・・、どうして別れちゃったの?遠距離だから?」


「そういうんじゃねぇよ」


小さく笑った棗君は然程悲しんでいないようで、むしろ満足げだった。


「あいつは仕事を優先したいって言ったんだ」


「じゃあ、千尋さんから?」


「千尋には嫌な役をやらせて悪かったと思ってる」


ずるいなぁ、と思う。

今は遠い福岡の地にいるというのに、千尋さんは今でも棗君の心の中にしっかりと存在してるんだから。



「俺が丸くなったのはお前のおかげらしい」



棗君は口元を上げ、目を細めて柔らかい表情で私を示した。



「お前が軽音部に来てくれて、本当に良かった」



鼻の奥がツン、と痛んで視界がぼやけていった。


私は気づいたら、机を挟んで棗君の首に自分の腕を回していた。


どこにも居場所が無くて、言われるがままにピアノを弾いていた私。


そのピアノすらも上手く出来なくて、誰からも必要とされていないことに気付き始めていた。


そんな時に出会ったのが軽音部。


私にとっては軽音部で起こったこと全てが初めての経験で、そのたびに楽しかったり悔しかったり腹が立ったり、いろんな感情が私の中で生まれた。



「私はみんなからいろんな物を貰ってばかりで、私は何にも出来なかったから・・・」



棗君が言ってくれた言葉は、私が欲しくて欲しくてたまらなかった言葉だ。


「また泣く・・・」


棗君は首元に顔を埋めていても引き剥がすことなく、私の頭を撫でてくれていた。


「棗君・・・」


「ん」



「好き・・・」



鼻声でくぐもっていたけど、私は小さく棗君の首元で呟いた。