司会の男の人がカノンについて紹介を終えると、拍手の中、私達は舞台へと上がった。
ステージはコンクリートだから上からも下からも焼かれて立っているだけで汗をかく。
既にじわじわとTシャツが肌に張り付きつつある。
「こんにちは、カノンでーす!」
咲綺ちゃんの快活な声と共に、私達は手を振ったり会釈をしたりそれぞれ反応を示す。
何人いるのかはわからないけれど、後ろの方は顔も確認できない程、人がステージの周りを囲っていた。
私は観客の中に母を見つけ小さく手を振ってみると、母もそれに反応してくれた。
路上ライブで出会った中学生の女の子は有名私立の高校の制服を来て1番前でお手製の団扇を振り回していた。
「それじゃあ、早速1曲目、いっちゃうよ!」
咲綺ちゃんが煽ると、観客が声や手で反応を示した。
それを満足げに眺めた後に、咲綺ちゃんはマイクをスタンドから取って人差し指を天に向けた。
「プラチナ!!」
観客の歓声が終わらないうちに馨君が激しくシンバルを鳴らした。
それに続いてギターとベースも合わさり、咲綺ちゃんの歌声。
『覚えてる?私達の夢が始まった、あの記憶』
スピーカーを通していてもわかる、咲綺ちゃんの圧倒的な声。
無限に広がる空の中に消える事無く、観客を震わせる。
アップテンポで走るような曲調で唄われる歌詞が、今は酷く悲しく感じられる。
それは、この歌に込められた「カノンでのデビュー」が夢物語となってしまったから。
咲綺ちゃんはこの歌詞を口にするたびに、どんな気持ちでいるんだろう。
気丈に振る舞う舞台上の咲綺ちゃんは強く、綺麗で、同じ舞台に立っているのに遠い。
咲綺ちゃんは悲しみなんて少しも見せずに、いつもよりも舞台を駆け回ってパフォーマンスをする。
咲綺ちゃんの歌声に魅了され、それを聞きつけて歌の最中にも観客が増えていくのがわかる。

