「カノンの皆さんお願いしまーす」
スタッフが顔を出し、心臓が今までにないくらい暴れ出した。
ヤバイ・・・。既に気持ち悪い。
「じゃあ、頑張って。カノンの最後のステージ、しっかり目に焼き付けとくよ」
「任せてよ、麻生さん。最高のライブにするから」
麻生さんが出て行った後、咲綺ちゃんはくるりと向き直り「派手にやるわよー!」と拳を掲げたので全員それに倣った。
「おい、大丈夫かよ」
「き、き、緊張がヤバイです・・・」
意気揚々と出て行った3人に対して、私は胸を抑えながら控室を出る。
突然の太陽光線に少しくらり、としたけど跳ね回る鼓動の方が異常だ。
「ミスしたら、どうしよう・・・。カノンの最後なのに、どうしよう・・・」
「だから、今更そんなこと言ったって仕方ねぇだろ!」
棗君の苛立った声にびくり、と反応すると棗君は頭を激しく掻いた。
「悪かった。怒鳴るとこじゃねぇわ、今のとこ」
棗君は優しく私の頭をあやすように撫でた。
「ミスっても、俺らがフォローする。絶対に」
低く、でも強い響きの棗君の声が、一言を紡ぐ度に鼓動を落ち着かせてくれるようだ。
「俺が生かしてやるから、今まで通り弾け。わかったな、ふたば」
棗君の声で初めて呼ばれた自分の名前。
私の名前なのに、すぐには反応できなくて、何度か言葉を繰り返した後に遅れてやってきた鼓動の高鳴り。
見上げると、太陽の光を受けた棗君が柔らかく微笑んでいた。
こくり、と頷くと棗君は「よし」と満足そうにしていた。
「カノンの最後なんだから、楽しまないと、損しちゃうよね」
私は肩からかけたストラップを強く握り、カノンの思い出を踏みしめる様に、一歩一歩確かな足取りで前へ進んで行った。

