人を恨み続ける労力は私には測り知ることができなかったけど、棗君は父親を恨みながらも苦しんでいたんだと思う。


母親が生きていた頃はそれを共用できたけど、亡くなってからは自分1人で背負って行くしかなかった。


棗君のことだから、なかなか弱いところを見せたりもできなかったんだろう。


「ずっと、苦しんでたんだね・・・」


やっとのことで、そう言ったけど、誰にも気づかれないように人と接していた棗君の孤独感を私がわかってあげることはできないかもしれない。



「もし・・・、棗君にお父さんを許したいという気持ちがあるなら、勇気を出して向かい合ってみない?」


ドアを見つめながら、私は何とか棗君を励ませるような言葉を思案した。


「棗君と私の状況は同じじゃないかもしれないけど、私はお母さんと向かい合ってみて、後悔はしてないから」


どんな言葉を棗君が欲しがっているのかはわからない。


でも、棗君のことを考えて考えた結果の言葉だから、響いてほしいと思う。


「最初は上手くいかないかもしれない。それで落ち込んだら一緒に演奏しよう。思い切り。どこにいたって、音楽はできるよ」


棗君がふっ、と小さく笑うのが雰囲気で伝わってきた。


「また路上ライブか?」


「いいね。楽しかったよ、路上ライブ」


「だな」




私の腕から離れた手は、もう片方の手と共にそのまま前へと伸び、私の体を後ろから抱き締めた。


「ど、う、したの・・・」


「さぁ・・・、わかんね」


今までは局所的に棗君の体温を感じていたけど、今は体中にそれを感じた。


鼓動が跳ね、血液が一気に駆け巡り、息をする方法も忘れて目眩のようにくらくらとした。




「ちょっと、棗!あんたも日直だったでしょう!?」


激しい足音と共に勢い良く開けられたドア。その瞬間に離れた腕と飛び退く私。


「何よ、あんたら。熱でもあるんじゃないの?」


「な、ななな、ないよっ」


「ねぇよ」


一瞬で興味を無くした咲綺ちゃんは「あっそう?」と言って譜面を棗君に渡していた。


ちらり、と棗君を見ると赤くなった名残が耳にまだ残っていたけどそれ以外はいつも通りの態度に戻っていた。



まだ体に残る棗君の腕の感触。

思い出すだけで、体温は簡単に上昇した。