「母親はあいつの愛人だったんだ。俺が腹の中にいるってわかった時に正妻とは別れてくれなくて、俺達は捨てられたって、ずっと聞かされてた」
静かに、いつもよりも更に低音で口火を切る。
前のように棗君の言葉には嫌悪感が込められていないように感じた。
「あいつのせいで母親は泣いてばかりだったし、あいつが俺達を捨てなかったら母親は死んでなかったんじゃないかとも思って、あいつをずっと恨んでた」
掴む手に少しだけ力が込められて、そこからさっきよりも強く熱を感じた。
冷静に棗君の言葉を理解しようと思うのに、気持ちに反して脈拍数が上がっていく反射に苛立った。
「あいつは俺が産まれてすぐに正妻とは別れたらしい。でも、母親の方が結婚を突っぱねたって」
「どうして・・・?」
「あいつ、会社経営とかしてるらしい。けど、正妻との間には子供が産まれなくて、跡継ぎに悩んでた。そんな話を母親も知ってたから、母親は思ったのかもな。自分を愛してくれているわけじゃなくて、俺が欲しいだけなんじゃないかって」
だんだんと棗君の声が掠れていくような気がした。このまま話していたら声が無くなってしまうんじゃないかと不安になった。
「あいつは母親が死んでからも毎年命日には花を手向けに来ていた。あいつは本気で母親を愛したんだよ。それを俺の母親が信じられなかった」
棗君の頭が背中に添えられた。
背中からも伝わってくるようになった棗君の体温に私の鼓動は簡単に反応して早鐘を打つようになる。
「どうしたらいいか、わからなくなったんだよ・・・」
棗君の震える声はがらん、とした教室ですぐに溶けて消えた。
だけど、私の耳には焼き付き、繰り返し響く度に胸を締め付けられた。
「恨み続けてきたんだ。何年も。今更勘違いだったって言われても、恨む気持ちは突然消えたりしねぇんだよ」

