カノン




恐る恐る教室に入ると、カズ君はいつものように男子生徒達とふざけ合いながら話をしていた。


それを見て安心し、自分の席に着くとカズ君は「佐伯さん、おはよう」とこれもいつものように挨拶をしてくれた。


カズ君が今まで通り自然に振舞ってくれることに、感謝しながら私も自然な振舞いになるよう心掛けて「おはよう」と返した。



昼休みになると、私は咲綺ちゃんの教室に行ってみることにした。

教室の中を覗き込むと、普段と変わらない笑顔で友達と談笑している咲綺ちゃんを見つけることができた。


「ごめん、ふたば。気遣わして」

「そんなこと無いよ。私が咲綺ちゃんに貰ってきたものに比べれば」

「あたし、何かふたばにあげたっけ?」

「たくさん、貰ったよ」


咲綺ちゃんは上の方を眺めながら思い出そうとしていたけど、結局何も思い浮かばずに屋上に行くことにした。


「懐かしいな」

暖かくなった風に吹かれながら、両手を広げてみる。


「私がすごい落ち込んでる時にここで咲綺ちゃんが唄ってて、それが窓から聞こえてきたの」


「部室がまだ無かった時かな」

「あ、そうだったんだ」

「あの狭い音楽準備室を取るのさえも苦労したんだよ」


フェンスに体を預けて、遠いどこかを見つめていた。


「仲間もなかなか集まらなかったし、何をすればいいのかもわからなかったから最初の頃は大変だったんだよねー」


過去の思い出を懐かしんでいるのか、咲綺ちゃんは穏やかに微笑んでいた。


「棗君も馨君も、咲綺ちゃんを裏切ったわけじゃないと思うよ」


咲綺ちゃんはからからと笑って「馨にも言われたー」と咲綺ちゃんを追って来た馨君のことも話した。


「裏切ったなんて、ほんとは思って無いよ」

その言葉を聞いて少し安心できた。


「あたしの為にって言ってたけど、あんた達はどうなのよ、って思ったんだよね。特に棗ね」

「棗君?」

「そう。馨の話じゃ、軽音部が棗にとって支えだったみたいじゃん?それを自ら無くしちゃうってどういう気持ちなんだろうって思った」


咲綺ちゃんは悲しげに空を見上げ、体をフェンスから離すと、がしゃりとフェンスが音をたてて揺れた。



「だからさ、カノンを解散させるって決めた棗と馨の方が辛いんだよね」



背中に手を組んで屋上の周りを歩き始める。


「棗はいつ帰って来るかわかんないけどさ、カノンの為にも、絶対皆で最高の演奏して終わりたいなって思った」


歩き回っていた咲綺ちゃんは足を肩幅に開いて拳を空高く掲げた。


「だから、レッド・キャッスルに絶対勝つ!散るなら派手にいこうじゃないの!」


なんだ。咲綺ちゃんは私の言葉が無くたって、すっかり受け入れていたんだ。


私ばかりが要らない不安を抱えていただけなのかもしれない。