カノン




誰もいない軽音部はがらん、としていて空気も冷えていた。


「昨日の今日では来ねぇか」

後ろに立っていたカズ君は苦笑いを浮かべながら寂しい部室に入って行く。


「何してんの?練習するぞ」

入り口で動かない私を見てカズ君は不思議そうに首を傾げた。


「そう、だよね。練習して待ってなくちゃ、ダメだよね」


いつか必ず5人が集まる日がやって来る。

夏になればロックフェスの予選があるし、1番下手な私が練習していなかったら、また棗君が怒るだろう。


カノンが卒業を持って解散するなら、私はカノンの為に完璧な演奏ができなくちゃならない。


背負っていたギターを下ろしてチューニングしてから個人練習をしてギターパートをカズ君と合わせた。


他の3人がその日、来ることは無くて、私とカズ君は少し早めに帰宅することにした。




「佐伯さん。もう平気になった?」

「平気だよ。ちゃんと練習して皆を待ってるって決めたから」

「そっか」


カズ君は笑って前を向いた。



「もう一つ決めたことがある」


私が立ち止まると、カズ君は少し驚いて立ち止まり、私の顔を見て勘付いたのか真剣な顔で私を見下ろしていた。



「やっぱり、私はカズ君の気持ちには応えられないよ・・・」


ずっと先延ばしにしていた言葉をやっとの思いで吐き出した。


「どうしても、棗なの・・・?」


弱々しいカズ君の声を聞いたら、何故か涙が出そうになって、ぐっと堪えて頷いた。


「こういうこと言うのは不安を煽るだけかもしれないけど、棗が帰って来る保証はないよ?」



心臓が掴まれ苦しくなって、鼻の奥がツンと痛んだ。


「それでも、私は棗君のことが好きなままだと思う」


どんな状況になったって、棗君への思いは揺るぎないんだ、って自信がある。


カズ君から視線を逸らさないようにしていると、先にカズ君の方が逸らし、深く長い溜め息と共にカズ君はその場にしゃがみ込んで項垂れた。


「か、カズ君?大丈夫?」

「・・・大丈夫じゃねぇ、かな」

「病院、行く?」

「そういうんじゃねぇから・・・。いいよ、先行って」

「でも・・・」

「ごめん、1人にして」


強く言われ、私は逡巡して立ち尽くしたけれど、私がここにいても何の役にも立たないどころか、いない方がカズ君の為だとやっと理解して「うん。じゃあね」とゆっくりとした足取りで帰宅した。




カズ君の落ち込みようを見て、今この状況で言ったことを少し後悔した。



いずれは言わなきゃならないことだったけど、軽音部が不安定なこんな時期に言ってカズ君までも来なくなってしまったらどうしようかと思った。




ネガティブな流れは変えることもできず、だからと言って過去をやり直すこともできずに、ただ軽音部が元通りになることを祈るばかりだった。