「何それ・・・。どういうこと?」
息を飲んで馨君の次の言葉を待ったけど、少しでも沈黙していることがもどかしくなって先に言葉を発していた。
「卒業したら軽音部じゃないから?」
「でも、カノンとしては活動して行くでしょう?もちろん」
咲綺ちゃんは訊ねているというよりも不変な事実の単なる確認作業のように強い口調で言った。
「俺達の卒業を持ってカノンは解散する。そう棗と決めてたんだ」
「なっ・・・、何言ってんの・・・?」
呆然とする咲綺ちゃんは辛うじてそう言ったけど、私はその間言葉の意味を理解しようと必死になっていた。
「知ってたよ、咲綺がスカウトされてるの」
「・・・また、比嘉ッ!?」
咲綺ちゃんは弾かれるように憤りを露わにした。
「今回は彼に感謝しているよ。危うく、咲綺のチャンスを摘み取るところだった」
「約束は!?あの時の約束はどうなるの!?」
「もう、約束に縛られなくていいんだよ、咲綺。咲綺は咲綺の道を歩けばいい。俺達もそれぞれの道がある」
唇を噛み締めながら、抑え切れない涙が咲綺ちゃんの瞳から零れ落ちる。
「咲綺だけなんでしょ?スカウトされているのは」
追い討ちをかけるかのように、馨君は続ける。最早私は反論する気力すら無いし、カズ君も黙って立っている。
「でも、その約束がある以上咲綺は俺達を裏切ることができない。咲綺の足枷になるくらいなら、カノンは無くなってしまった方がいいんだよ」
咲綺ちゃんは大きく2歩踏み出すと、馨君の頬を思い切り打った。
「裏切り者ッ!!」
やっと出てきた言葉を吐いて、鞄を引っ掴み、部室を飛び出してしまった。
「相変わらずの馬鹿力・・・」
馨君は苦笑気味に赤くなった頬を左手で抑えた。
「流石に、何も相談無しに解散ってのはひでぇんじゃねぇの?咲綺は最初からのメンバーなんだし、ぶたれるのも無理ねぇよ」
「相談した方がこじれた」
「どうすんだよ、これ。咲綺も棗もいないんじゃ、卒業を待つ前に崩壊だよ。責任取れよ?お前が泣かしたんだから」
「言われなくてもわかってる」
馨君はカズ君を睨み付けて咲綺ちゃんを追って部室を出た。
馨君が部活をやめるかやめないか、ってなった時も出て行った咲綺ちゃんを追いかけて行った馨君。
やっぱり、初期メンバー同士というのは私なんかが入り込む隙がないような深い絆で繋がっていると感じる。
「壊れたりしないよね・・・?」
驚く程、自分の声が掠れていて、カズ君に伝わったのかわからない。
5人が1つになって演奏した音楽に心が震えたのを思い出す。
カノンが無くなるということは、私が唯一居場所としてい拠り所が無くなるということ。
カノンが無くなって、皆の関係も壊れてしまったら、私はまた前の私に戻ってしまうような気がして、怖かった。
「大丈夫だ。大丈夫」
カズ君は私をあやすように、何度も「大丈夫」という言葉を使ってぐしゃぐしゃ、と髪の毛をかき回した。

