賑わった駅前から少し離れ、風が吹くとどこからか線香の匂いが漂って来た。
「まさか、本当について来るとはな」
「棗君のお母さんにお礼言わなきゃ」
「何の?」
「秘密です」
「はぁ?」
眉根を寄せた棗君は訝しみの目を向けながら墓地の石段を登って行った。
「今日がお母さんの命日?」
「ああ。4年前に病死」
棗君が前に話した母親との思い出が過去形だったのを思い出す。
清掃用の桶と柄杓を借りて水を組んでから墓の前にそれらを置いた。
他の墓と同じように並んだ墓石に掘れられた苗字は当たり前だけど、棗君と同じ「櫻井」で、棗君の母親が亡くなってしまっていることをここでやっと実感した気がした。
まずは手を合わせて話しかける。
はじめまして、佐伯ふたばと申します。
棗君と一緒に軽音部をやっています。
私は棗君のおかげで、嫌いだった自分を変えることができたと思います。
今は毎日を楽しく過ごしています。
棗君を産んでくれてありがとうございます。
隣で同じように手を合わせていた棗君は長い間そうしていた。
目を開けると、柄杓を使って墓を清掃し始めたので私も一緒に手伝いをする。
「どうして、私を連れて来てくれたの?」
墓を磨きながら訊ねると、棗君は眉根を寄せて作業を続けていた。
「お前が前にどんな母親だったか知りたいって言ってたの思い出したから、思い付きで」
「そんな前のこと、覚えてくれてたの?」
「ふと思い出しただけだ。それまでは忘れてた」
それでも嬉しいと思った。
にやけた顔をしていたのか、棗君は手についていた水滴を私の顔に向けて払った。
「気持ち悪い顔すんな」
「気持ち悪いって・・・」
じとり、と棗君を睨み付けると反撃の睨みが何倍にもなって返ってきたので慌てて視線を逸らした。
最後に線香を立て、棗君が買って来た花を墓前に添えて再び手を合わせた。

